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石田ひかり 石田ひかり

石田ひかり女優いしだひかり

1972年生まれ、東京都出身。91年、『ふたり』で映画デビュー。92年には連続テレビ小説『ひらり』でヒロインを好演。主な出演作にテレビドラマ『悪女』『あすなろ白書』『輝く季節のなかへ』など、数多くのテレビ、舞台、映画に出演。NHKでは大河ドラマ『徳川慶喜』『かるたクイーン』『トップセールス』連続テレビ小説『だんだん』のほか『NHK紅白歌合戦』『にっぽんの芸能』の司会を務めるなど、幅広く活躍している。

鑑真号物語(1989)

潭(山下)芳子役

鑑真号物語

インタビュー

 中国残留孤児の母と中国人の父、3人の子どもたちの家族の物語。日本に帰国して暮らしていた潭(山下)一家が、5年ぶりに中国に里帰りするのですが、上海へ向かう船の中で、お父さん(劉非)が「このまま中国にもどって暮らす」と突然宣言するんです。やっと帰れた日本で暮らしたいお母さん(樹木希林)と、複雑な感情を抱える子どもたち。そのなかで私が演じたのは、次女の芳子でした。

 姉でヒロインの律子を演じたのは今井美樹さん。憧れの方だったので共演がすごくうれしかったですね。また、兄の勇役は緒形直人さん、中国へ向かう船に乗り合わせる若者を柳葉敏郎さんが演じていらして、皆で数日かけて船旅をしながら撮影したんですよ。乗ったのは神戸から出て上海を目指す船。すごく揺れて、風も強くて、本当にキツい状況のなか撮影を進めた記憶があります。船を降りてもしばらくはずっと揺れている感覚が残ってしまうほどでした。

 当時はまだ17歳。9歳から12歳まで台湾で暮らしていたので、日本に戻ってまだ5年ほどでした。ですから家族のシーンで話す中国語のセリフにも馴染みがあって、懐かしかったですね。でも台湾にいた頃はペラペラだったのが、この頃にはそこまでではなかったように思います。

 中国の田舎の方でロケをしたときは、衛生事情があまり良くなくて苦労しました。そんななか、お母さん役の樹木希林さんが、日本と違うスタイルのお手洗いや、お尻のところにわざと穴を空けた子どもの服装を見て「ご覧なさい。よく考えられているわ!」と目を輝かせておっしゃっていたのを覚えています。希林さんは、メイクをするのもご自身でパパッと済まされ、ロケが終わるとおしぼりでゴシゴシとメイクを落として「バイバーイ!」と帰って行かれる。ずっと共演してみたいと思っていた大先輩だったので、飾らないステキな姿に接して、カッコ良さに圧倒されました。

連続テレビ 小説ひらり(1992)

ヒロイン・藪沢ひらり役

連続テレビ 小説ひらり

インタビュー

 念願の朝ドラヒロイン。お仕事を始めたときからの大きな目標だったので、無我夢中で駆け抜けた思い出の作品です。朝ドラのヒロインといえば、新人の登竜門というイメージですが、当時の私はすでにいくつかの作品に出ていたので、その分焦りもありました。でも、主人公のひらりと同じ二十歳でヒロインを演じさせていただけたのは、本当に最高のタイミングだったなと思っています。

 『ひらり』は両国生まれのヒロインが、大好きな相撲に関わる仕事に就くために奮闘する物語。当時、若貴ブームの真っ只中に相撲界を取りあげ、内館牧子さんの脚本も注目を集めた作品でした。とにかく台本が面白くて、毎回届くのを楽しみにしていたんですよ。私自身もテレビで大相撲がよくついている家庭で育っていて、実は貴花田(のちの貴乃花)と同い年! それだけでも親近感が湧きますが、本当に目覚ましい活躍をされていたので、いつも応援して見ていました。

 どの作品を振り返っても出会う方に恵まれているなと感じるのですが、『ひらり』でも素晴らしい共演者とスタッフの方々に恵まれ、すばらしい環境でお仕事をさせていただきました。父方のおじいちゃんを演じてくださった島田正吾先生は本当にかわいがってくださり、ご自宅に何度も呼んでいただきましたし、母方のおじいちゃん、金太郎役の花沢徳衛さんは『ひらり』の後に大河ドラマ『徳川慶喜』に出演したとき、私が演じた美賀と慶喜さんの2ショットの絵を書いて額に入れて贈ってくださいました。

 お姉ちゃんことみのり役の鍵本景子さんとは、当時から仲良しでその後も連絡を取り合っています。最近は会えていないけれど元気かなぁ。姉妹のシーンは竜太先生(渡辺いっけい)を巡るバトルも含めて本当にたくさん描かれましたが、一番印象に残っているのは2人だけのワンシーンで1回15分を描いたこと。まるで舞台に立っているような感じで、一生懸命覚えて本番に臨むという、まるでイベントのような感じでした。夜ご飯を食べてから、みんなで気合いを入れて、6時間くらいかけて撮影したのを今も覚えています。

 また、内館牧子さんの脚本は人の心のうちをリアルに描いていて、印象的です。特に伊東ゆかりさんが演じたお母さんの「死にたいほど不幸じゃないけど、飛び上がるほど幸福でもない」というセリフは、私自身、結婚して子育てを経験した今になって、その本当の意味が分かるようになりました。そんなふうに年を重ねた今になって気付くことがたくさんあるんですよね。ふだんは恥ずかしいので、あまり積極的に子どもたちに自分の作品を見せていないのですが、『ひらり』は学ぶところがたくさんあって元気になれるので、いつか見たいと言われたら「ぜひ!」と言いたいです。

大河ドラマ 徳川慶喜(1998)

美賀役

大河ドラマ 徳川慶喜

インタビュー

 懐かしいですね。チーフ監督が『ひらり』でもお世話になった富沢正幸さんで「君は好きにやればいいよ」とおっしゃってくださったのを覚えています(笑)。でも『徳川慶喜』は、私にとって初めての時代劇だったので、何もかもが未知のことばかりでもう必死でした。

 初登場は結婚式の白無垢姿。とてもすてきなシーンで光栄でした。でも、慣れない時代劇はとにかくかつらが重いのと、豪華な着物での所作が大変で、セリフを言うだけで精一杯という感じ。ご紹介している動画の場面ではスッと立ちあがっているように見えますが、本当に頭が重くて、後ろにひっくり返りそうになりながら、一生懸命お芝居をしていたんですよ。

 私が演じた美賀は徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜の正室。京都の公家出身で、御所ことばを話す役柄でした。大河ドラマは1年を通してとても多くの方が出演されますが、私が接したのは基本的に慶喜の養母・直子役の鶴田真由ちゃんと慶喜の世話係・松島役の岸田今日子さん、そして主役の本木雅弘さんの3人でした。いつも松島が美賀に怖い話をするがが印象的で、今も“転がり続ける石のお話”など、いくつかの話を覚えているんですよ(笑)。

 慶喜を演じる本木さんは本当にきれいで、うっとりしてしまうほどでした。慶喜と美賀は仲の良い夫婦でしたが、美賀は公家から嫁いできたので武家の暮らしになかなか馴染めず、当初は世間知らずのお姫様といった感じだったんです。それが、ドラマも終盤の大政奉還を成し遂げるあたりになると、慶喜に対して「万が一のときは私もお供します」と言う。もちろん年齢は重ねているんですが、美賀の成長を感じて、演じていてとても好きなシーンでした。

連続テレビ小説 だんだん(2008)

一条真喜子/花雪役

連続テレビ小説 だんだん

インタビュー

 当時はまだ30代半ばでした。演じたのは三倉茉奈、佳奈ちゃんが演じた双子のヒロインの母・真喜子。朝ドラにお母さん役で戻ってくるのは、ひとつの夢で、目標でもあったので本当にうれしかったです。でも、これほど大きな娘を持つとは思ってもみませんでしたね(笑)。10代で2人を産んだ設定で、元夫の忠さん(吉田栄作)と別れるときに1人ずつ娘を引き取ったという過去があり、真喜子はのぞみ(三倉佳奈)と祇園で生活していました。

 真喜子は花雪の名前で芸妓を、娘ののぞみは夢花の名前で舞妓をしていました。のぞみ役の佳奈ちゃんとは、一緒に京舞の練習をしたり、収録も一緒のシーンが多かったのですが、とにかく覚えが早く、頭のいい子で感心しました。また、娘役の2人と一緒にいると双子ならではの、いい意味でのライバル関係を感じました。ずっと切磋琢磨してきたんだなという感じで、とにかく根性があって。あれから10年以上経ちましたが、2人ともステキな大人になられているようで、時々インスタグラムをのぞいては、嬉しく思っています。

 私自身のことで言えば、収録当時はまだ長女が5歳で、育児と両立しながらのお仕事でした。『だんだん』の撮影は大阪放送局で行われていたので、火曜日の朝、娘たちを幼稚園に送って、そのまま品川駅から新幹線に飛び乗り、14時のリハに滑り込む。そして水、木、金曜と撮影をして、最終の新幹線で東京に戻るという日々を約8か月続けました。自宅にいる間は台本を開く余裕がなかったので、セリフを覚えるのは新幹線移動の2時間半が勝負。そこに京舞の振り付けのDVDを見たり、京ことばの練習があったりしたので、この時期にかなり集中力が鍛えられたと思っています。人間って火事場の馬鹿力が出るんだなというのが実感でした。とにかく必死でした。

ショートショート 木皿泉劇場
「道草」(2017)

平田小麦役

ショートショート 木皿泉劇場「道草」

インタビュー

 木皿泉さんの独特の世界観、登場人物が皆チャーミングで大好きです!私が出演したのは“人生の道草”をテーマに描いたショートドラマの第2夜。平田小吉(杉本哲太)、小麦夫婦と娘の歩(蒔田彩珠)の家に、娘の友人・近藤くん(遠藤史人)がニュージーランドから家出してくるというお話でした。

 木皿作品はとてもほのぼのとした雰囲気で、このお話も華やかさはないけれど、家族のあったかい雰囲気が出ていて大好きでした。たった数日間で撮影したのですが、美術セットも作り込まれていて良かったんですよ。哲太さんは本当に面白かったし、若い2人もとてもいい雰囲気を持っていて、頼もしく、やりがいがありました。

 特におもしろかったのは、近藤くんから“平田さんちはいいなぁ”と言われた歩が自分の家族について話すシーン。「うちだってそんなに仲良し家族じゃないよ」とか「お父さんからもらったもの、どんどん捨ててるよ」ってさらりと話して、お父さんがショックを受けている様子が本当におもしろかったです。

 私は「いいお母さん」の役が多いのですが、小麦のようにゆるく、自由で、奔放で、可愛らしいお母さん役はレアで、とても楽しかったです。飾らない夫婦関係でしたし、演じていてすごく楽しかったですね。夫役の哲太さんはいらっしゃるだけで自然に楽しい空気を作り出してくださる方なので、とても助けられました。

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敬称略

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