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若村麻由美 若村麻由美

若村麻由美女優わかむらまゆみ

東京都出身。連続テレビ小説「はっさい先生」のヒロインに選ばれデビュー。エランドール新人賞を始め、ドラマ・映画・舞台で活躍し受賞多数。NHKでは『柳橋慕情』に主演しギャラクシー賞個人賞受賞。大河ドラマ『春日局』『信長』『篤姫』『花燃ゆ』、連続テレビ小説『純と愛』『半分、青い。』『おちょやん』、連続ドラマ『素敵にライバル』『テンペスト』『妻は、くノ一』他、海外ドラマ『アリーmyラブ』アリー役の声を好演。

土曜ドラマ 愛が聞こえます(1993)

水原瞳役

土曜ドラマ 愛が聞こえます

インタビュー

 耳が不自由な瞳と、恋人で軽度の脳性マヒの障害を持つ清次(金山一彦)が、周囲の理解を得て夫婦として認められるまでを描いたドラマでした。

 私が演じた瞳は耳が聞こえない設定だったので、演じるにあたって、ろう者の方にさまざまなことを教わりました。台本を読んだ時は自分の障害への思いや、それを克服していくモチベーションがどのようなものなのか想像するのが難しかったのですが、彼女がひまわりのように明るくて、元気な方だったので、お会いできたことが力になりました。

軽度の脳性マヒ障害をもつ恋人・清次(金山一彦)

 また、聞こえない状態で声を出すことについても、実感するのが難しく、彼女の発声の仕方から学んで演じました。手話は先生がずっと現場にいてくださり、当時は簡単な手話なら使えたので、現場で声を出してはいけないときでも、先生と会話ができて楽しかったです。

 印象的なのは瞳が得意のダンスを踊るシーン。聞こえない音に合わせて踊るのは、どういう感覚なのか、とても想像力が必要でしたが、重低音の響く音に体をのせていくイメージだとうかがい、とても助けられたのを覚えています。

 ドラマでは私が演じる瞳と恋人の清次が、周囲から結婚を反対されながらも、悪戦苦闘し、説得を続けていきます。身体に障害がある2人ですが、それ以上に彼らが生きていくなかで世の中にたくさんの障害があることに、役を通して気づきました。私自身もそうですが、誰しも自分を基準にして生きているようなところがあるので、こうした作品を通して視野を広げ、もし自分ならどうであろうかと考える機会を若いうちに持てたのは、いい経験だったと思います。

 また、このドラマは障害者を描くと同時に、人が生きていく上で必ずぶつかるさまざまな困難を、どう克服していくのかが描かれました。目の前に現れる人生の壁を受け止め、周囲とのつながりのなかで、時には手を借りて乗り越えていく2人の姿が「響いた」と当時多くの反響をいただきました。放送から30年近く経っているので、現代とは少し違った側面もあるかと思いますが、人間ドラマを描いた点が、この作品の見どころだったと思います。

時代劇ロマン 柳橋慕情(2000)

おせん役

時代劇ロマン 柳橋慕情

インタビュー

 山本周五郎原作の「柳橋物語」を中心に、短編7編を織り交ぜてドラマ化した作品でした。実は高校生のころに原作を読んで、後半は嗚咽するほどの勢いで滂沱(ぼうだ)の涙を流したことがあり、20代のころには映画化のお話をいただいたことも。残念ながら映画は撮影に至らず、30代になって「もう10代のおせんを演じる機会はないだろう」と諦めていました。ですから、オファーをいただいたときは本当に驚いて、とっても感慨深かったです。

 私が演じた主人公のおせんは、たった一人の肉親だった祖父と幼なじみを火事で亡くし、将来を誓った恋人とも訣別。さらに洪水で恩人を亡くすなど、大切な人との別れを何度も経験しながら、それでもひとりで生きていこうとする女性。今の時代、地震や大雨、洪水、そしてコロナウィルスの流行など、身近なところで災害が続いていて、おせんが生きた江戸時代と通じるものがあると感じます。

 今でも忘れられないのが、緑山スタジオで撮影した火事のシーン。おせんが火の中から赤ちゃんを見つけて、必死で守るお芝居でした。赤ちゃんを抱いたまま水のなかに避難するのですが、落とさないようにと気をつかいながら、寝ている赤ちゃんを起こして泣かせなくてはいけなくて…。それがあまりに辛くて、厳しい撮影はこれが最後になればいいと思ったのを覚えています。

赤ちゃんを抱いて火事から逃げるシーン

 このドラマを見ると、平穏であることがどれだけありがたいことか身に染みて感じられます。また、山本周五郎らしい、市井を生きるひとりひとりを見つめる眼差しがあるので、今だからこそ、もう一度見てみたい作品だと思うんです。

 各話に散りばめられた短編も江戸の人々を重層的に描いていて、いい話がたくさんありました。周五郎ファンには「あの話がここに!」と楽しんでいただけたのではないでしょうか。今作で私はギャラクシー賞をいただきましたが、スタッフ、キャストがひとつのチームになり長期にわたって撮影していたので、みなさんを代表して認められたような気がして嬉しかったです。

大河ドラマ 篤姫(2008)

観行院役

大河ドラマ 篤姫

インタビュー

 三作目の大河ドラマ出演となった『篤姫』で演じたのは、皇女 和宮の生母、観行院です。和宮が徳川将軍家に降嫁することが決まり、まるで娘を人質に取られるような気持ちで、せめて母親の自分が一緒に行こうと思ったのでしょう。当時の都人にとって江戸へ行くことは、箱根の山を越えて下っていくという意識で、文化も生活習慣もしきたりも全く違う江戸城に乗り込むような覚悟だったのかもしれません。そう思うと、激しい戦いがあったのだろうと容易に想像がつきました。

 長丁場の撮影でしたので、和宮を演じた堀北真希さんからは役柄と同じく「おたあさん」と呼ばれていました(笑)。「おかあさん」ではなく、公家風の呼び方の「おたあさん」。最初は慣れなかったのですが、だんだんと雅に聞こえてくるのですから、面白いですね。

孝明天皇の妹・和宮(堀北真希)の母を演じた

 観行院たち都人はふだんから御簾(みす)のなかにいて、むやみに顔を見せない習慣ですから、人に顔をジロジロと見られるのはあり得ないと、篤姫たちとの面会シーンではとっさに扇で顔を隠し目も合わせない様子が描かれました。大奥の人々からすると嫌味な宣戦布告と感じたかもしれませんが、よく考えるとお互いに相当な我慢をしていたのではないかと思いますね。

京での慣わしのため扇で顔を隠す

 思い出深いのはお雛様を飾るシーン。実際に徳川家に伝わっている歴史あるお雛様を撮影のためにお借りしていました。それが素晴らしく、立派で今も印象に残っています。また、観行院が亡くなるときに、篤姫が雅楽の演奏を聴かせる場面は大好きです。紆余曲折ありながらも、篤姫が観行院の心を汲んでくれ、懐かしい雅楽で送ってくれたラストは感慨深いものがありました。

篤姫のはからいで雅楽の演奏を聴く

 公家の女性が身につける緋の袴が意外に動きやすいのも発見でした。撮影が深夜に及んだときなどは、衣装のままアキレス腱を伸ばしたり、スクワットをしたり。江戸の女性たちが着ていた裾引きの着物では膝を割ることができませんが、袴はヨガのポーズだってできちゃいます。ですから「これはいい!」と、夜な夜な雅なストレッチをしていたんですよ(笑)。

最後、和宮に強く生きて欲しいと伝える

BS時代劇 テンペスト(2011)

王妃役

BS時代劇 テンペスト

インタビュー

 仲間由紀恵さんが演じたヒロイン・真鶴が、宦官・孫寧温となって王府へ登り、祖国・琉球のために戦う物語。この作品で私が演じたのは琉球王国の王妃でした。

 琉球王朝を描いた作品だったので、私が演じた王妃ら女性たちのシーンは『篤姫』で描かれた大奥に通じる闘いがありました。特によく覚えているのが、首里城の中庭で国母、王妃、側室たち対決するシーン。真っ白い石が敷かれた中庭に四方から女たちが集まってくる様子は、まるで四角いプロレスのリングで試合が始まるかのような感じで面白かったです。

中庭での対決シーン

 国母を演じた八千草薫さんとは初めての共演でしたが、このシーンでは監督から語気の荒いお芝居を要求されていました。優しくて品のある八千草さんが演技で返す、監督との静かな闘いを目の当たりにし、ドキドキでした。

琉球国王の生母(八千草薫)

 私が演じた王妃は、早々に一度、すぐに廃妃(はいひ)されてしまうので、首里城でロケをしたのは1シーンのみ。まさに廃妃されて首里城を追われる場面でしたが、今思えば、当時の首里城で撮影ができたのは貴重な経験です。

女官長・大勢頭部(かたせ梨乃)と覇権争いを画策する

 作品自体は多くのシーンを焼失前の首里城で撮影していたので、当時の面影を多くの方に見ていただけます。私自身も撮影の合間に首里城のなかを見学し勉強させていただきました。

連続テレビ小説 おちょやん(2021)

山村千鳥役

連続テレビ小説 おちょやん

インタビュー

 山村千鳥は京都の芝居小屋で一座を率いる女座長で、ヒロインの千代(杉咲花)の最初の師匠。最初の登場シーンからインパクトが強く、台本を読んだとき面白いと思いました。でも今の時代、こんなに怒る人はいないですよね(笑)。よく物も投げていましたが、当たっても痛くないものを、当たらないところに上手く投げていたんですよ。千鳥は普段から手裏剣を投げて練習していますから、コントロールも確かですね(笑)。

「はよやりなさい!やるの?やらないの?」
「なに言ってんのかわからない!なんにも感じない!」

 そんなあの気性で出会ったときに千代がビックリしたように、ご覧になる方たちも「なんでこの人に座員たちがついていくのか」と思う方が多かったのではないでしょうか。でも、千鳥さんが声をはりあげるのは、それだけ誠心誠意、自分のエネルギーと時間を傾けて座員たちに立ち向かっているということ。とても不器用なので、その思いを口にすることができなくて…。ありがたいことに座員たちはその不器用さも分かって、全てを理解してくれていたので、激しい稽古(けいこ)も成立したんですね。

毎晩数時間、自分ひとりで稽古をしていた千鳥

 今はほとんど見かけませんが、私が小さかった頃はこういう大人って結構いましたよ。古典芸能の稽古事とか撮影所では、檄(げき)を飛ばすという意味でも大きな声をだして士気を高める感じがありました。『おちょやん』でも撮影所のシーンで大きな声を張り上げている人たちが描かれましたが、活気があるように見えました。

「自分の未熟さを思い知るといいわ!」

 『おちょやん』で描くのは、まだまだ女性が仕事をすることが難しかった時代。当時は舞台で女性を演じるのは、女優ではなく男性が女性を演じる女形だったので、活動写真から舞台へ活動の場を移した千鳥さんは自分で座を組んでやっていくしかありませんでした。今では女性だからと門前払いされることはありませんから、あの時代に草分けとなってくれた人たちのおかげです。新しい時代の女優として道を切り開くヒロインの奮闘が楽しみです。

「もう一度一人で全国をまわって鍛えなおす!」
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