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片岡仁左衛門(旧・孝夫) 片岡仁左衛門(旧・孝夫)

片岡仁左衛門(旧・孝夫)歌舞伎役者・俳優かたおかにざえもん(旧・たかお)

大河ドラマ『太閤記』

大河ドラマ『太閤記』

初めての大河ドラマ出演で、森蘭丸役と聞いたときは嬉しかったですね。まだ10代でほとんど無名の僕になぜ声がかかったのか不思議に思っていましたが、撮影に入るととても楽しかった思い出があります。その頃すでに映像作品に出演していたので、歌舞伎とテレビの違いはあっても立ち回りなどには慣れていました。ただ、スタジオのドアが閉まるとグッとその場の空気が変わって圧迫感があり、その後に始まる本番前の秒読みはテレビ撮影独特の雰囲気ですごく緊張します。セリフをよくかんで、ずいぶんとNGを出しましたね(笑)。

 改めて出演者を見返すと本当にいろいろな方が出ていたのだなと思います。当時、僕も若かったですが、主役の緒形拳さんを始め、このドラマからスターになっていかれた方が大勢いらっしゃいます。僕は森蘭丸という役柄から信長(高橋幸治)さんのそばにいることが多かったので、実際に撮影で会う人は少なかったんです。

映像で残っている第42話の“本能寺”を描いたシーンの撮影は、NHKのスタジオではなく、映画などを撮影していた砧にあるスタジオで撮りました。スタジオ内では本火を使うのにはある程度制限がありますが、信長が亡くなるシーンでは、多少の火とスモークをたいて撮影しました。信長の切腹後、次の間に控えていた蘭丸が襖(ふすま)をサッと開けるのですが、取手が火の熱ですごく熱くなっていて火傷をしました。しかも当時のスモークは今と違って刺激臭が強く、今思うと大変な撮影でした。

登場シーンが少ないながらも、大河ドラマに出演したおかげで、僕が歌舞伎役者だと知らない方たちからたくさんお手紙をいただくことができました。

  • 本能寺の変
    本火を使用した撮影
  • ふすまを1枚挟んで
    信長の最期を見守る蘭丸

大河ドラマ『春の坂道』

徳川家康、秀光、家光の時代。泰平の世を築こうと生きた剣術家・柳生但馬守宗矩の生涯を描く物語で、片岡仁左衛門さんは豊臣秀頼を演じた。

 秀頼が二条城で徳川家康と対面するシーンがあったのですが、僕はそこでNGの記録を作ってしまいました。「いろいろとお教えをいただかなければいけませぬ」というセリフの最後の部分で口が回らなかったんですね。初めのうちは宗矩役の中村錦之助さんや徳川家康役の山村聡さんも「大丈夫、大丈夫」と言って見守ってくれていたのですが、NGが重なるとだんだん皆さん何も言わず座っているだけになりました(笑)。撮影後に歌舞伎の舞台があり、急いで終わらせなければいけないのに、NGの記録を出してしまったのでとても印象に残っています。その後、NHKの作品に出演した久里ちゃん(波乃久里子)もNGをだいぶ出したらしいのですが、メイクさんに「大丈夫ですよ、片岡さんはもっとNGを出していましたから」と言われたそうです(笑)。

大河ドラマ『春の坂道』

大河ドラマ『新・平家物語』

平清盛が栄華を極めるまでと、源頼朝、義経によって平家一門が壇ノ浦で終焉を迎えるまでを描く。片岡仁左衛門さんは平安時代末期の高倉天皇を演じた。

出演シーン自体は少なかったのですが、この頃の僕は森蘭丸、秀頼から天皇役へと続いたので、女性ファンから貴公子のイメージを持たれていたみたいですね。他の局でまったく違うタイプの役を引き受けるときはずいぶん迷ったものです(笑)。

大河ドラマ『新・平家物語』

大河ドラマ『太平記』

建武の新政を行った後醍醐天皇に背き、室町幕府を開いた初代将軍・足利尊氏の生涯を描く物語で、片岡仁左衛門さんは策略を巡らす後醍醐天皇を演じた。

主役の敵側になる後醍醐天皇役は本当に嫌でお断りしていました。しかし「嫌だ、嫌だ」と言っていたら、大河ドラマのディレクターが僕のいる京都まで通ってきたんです。しかも高級なウイスキーを持って(笑)。何度も来られたのでついに口説き落されてしまいました(笑)。撮影が進むと、本番に入るまでの段取りがあまりにも悪く「役者の気持ちがわかっていない」と怒ったこともあります。役者は気持ちを持って本番に臨むので、段取りが悪いとストレスが溜まるものです。当時まだ若かった主演の真田(広之)さんを始め、ほかの共演者の皆さんが我慢していらした。皆さんから「よく言ってくれました」と感謝されました。

大河ドラマ『太平記』

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