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川平慈英 川平慈英

川平慈英俳優・タレントかびらじえい

1962年生まれ、沖縄県出身。大学在学中にミュージカル俳優としてデビュー。以後、ドラマ『表参道高校合唱部!』『新ヤメ検の女』シリーズ、映画『手をつないでかえろうよ~シャングリラの向こうで~』『THE有頂天ホテル』、舞台『キャグニー』『オケピ!』『ショーガール』『ピカソとアインシュタイン~星降る夜の奇跡~』など幅広く活動。サッカーキャスターとしても活躍。NHKでは、『チャレンジド』『蝶々さん』、連続テレビ小説『ちゅらさん』『ちりとてちん』、大河ドラマ『新選組!』など。Eテレ『コレナンデ商会』では、雑貨店を営む音楽好きの店主“ジェイさん”役で芸達者ぶりを披露している。

大河ドラマ 新選組! (2004)

ヘンリー・ヒュースケン役

大河ドラマ 新選組!

インタビュー

 三谷幸喜さんの舞台に出演する機会はありましたが、まさか大河ドラマに呼んでいただけるとは思ってもいませんでした。幕末に初代駐日総領事ハリスの通訳として来日し、薩摩藩士に襲われて亡くなったヘンリー・ヒュースケンという実在の人物の役でした。生まれて初めての乗馬のトレーニングをはじめ、いろいろとリサーチをさせていただいて楽しく役作りができました。

 ただ少し苦労したのは、ヒュースケンの日本語をどう表現するのかということでした。流ちょうに話すのか、あるいはたどたどしくするのか。“日本語があまり得意ではない外国人”というステレオタイプな話し方は違うと思い、監督と何度か話し合いながらすりあわせていきました。ある程度は日本語が堪能だっただろうということで、普通の日本人に近いイントネーションで表現できたことは嬉しかったですね。

馬を駆るヒュースケンの命を狙う刺客が

 現場には名だたる役者さんたちが勢揃いしていましたから、僕は間違って迷い込んでしまった雑種犬のような感覚でした(笑)。だけど、すごく居心地がよかったんです。オファーをいただいたときは、まさか僕が時代劇に、と驚きましたが、同時にとても光栄だと思いました、何よりデビュー当時から僕が役者になることを反対していた母が一番喜んでくれたことが心に残っています。

 土方歳三役の(山本)耕史くんは三谷幸喜さんのミュージカル『オケピ!』でもずっと一緒でしたから、僕とのシーンにすごくスピリットを注いでくれました。ハートのこもった目線で僕の目を見て芝居をしてくれるので、お互いの呼吸や間合いを感じることができる。彼が送ってくるエネルギーやスパークを受け取り、いい緊張感の中、いい化学反応が生まれたことを記憶しています。

 視聴者の方に素晴らしいものを見せたいという思いは当然あるのですが、やはり三谷さんに喜んでもらいたい、「良かったよ」と言わせたいというふうに考えていたこともたしかです。どこかで恩返しをしたい、OKサインをもらえる作品にしたい。そんなふうに高いモチベーションで取り組んだ仕事でもありましたが、唯一、三谷さんからのダメ出しは「かつらが大きすぎる!」(笑)でした。

土方歳三(山本耕史)は近藤勇とともにヒュースケンを助ける
自らの武士道を貫くヒュースケンをお富(木村多江)は愛する

連続テレビ小説 ちりとてちん(2007)

和田秀臣役

連続テレビ小説 ちりとてちん

インタビュー

 小浜の大手箸工場の社長で伝統工芸の若狭塗箸に愛情を抱いている人物というのが僕の役で、お話をいただいたとき棒付きキャンディーの工場ならわかるけどって(笑)、一瞬きょとんとしたことを覚えています。僕のバックグラウンドとは完全に交わらない世界でしたから。だけどプロデューサーの方が僕という素材を信じてくださってのオファーだと思い、しっかり応えなければと身が引き締まりました。撮影前には小浜の工場見学にも出かけ、いろいろリサーチもさせていただきました。

 ヒロインの貫地谷しほりちゃんはとても楽しい人だし、同世代の出演者も多かったので、いい仲間に恵まれて現場の雰囲気はよかったです。沖縄の親戚が「毎朝、慈英の顔を見られるから嬉しいわ」と言ってくれたこともよかったことです。

ヒロイン・喜代美(貫地谷しほり)にとって秀臣は親友の父で…
若狭塗箸職人の祖父・正太郎(米倉斉加年)の弟子でもあった

 ただ、実は『ちりとてちん』は僕にとって試練の場でもありました。僕はふだんミュージカルなど舞台の仕事がほとんどです。舞台ではテンポで芝居を作って行く手法が多いので、演技的“間”を恐れます。たとえば「ありがとう」というセリフをあまり長くためてから言うと、お客さんの気持ちが離れてしまうので、どうしても間を詰めて言おうとしてしまう。ところがテレビはテレビはカメラワークも大事なので、時には待って、待って、もう少し待ったうえでセリフを言うこともあります。そのことに最初はとまどいを覚えました。舞台のセオリーをいったん取り払い、朝ドラスタイルというか、気持ちを持続できたときに初めてしっかり信じられる言葉で話す。そういうスキルも必要だとわかりつつ、かなり手こずったことを覚えています。

 また、もうちょっと激情したり、感情をバーンと発散させてもよかったなと反省しているのが、息子から工場を継がないと告げられたシーン。これまで動的な役柄を演じることが多かったのですが、秀臣は“動と静”でいえば静。そのことや朝ドラということを意識しすぎて、攻めすぎや発散系の“川平慈英節”は封印してしまったんです。もし“too much”になってしまったら監督が注意してくださるのだから、自ら抑え込まず、もう少し骨太な演技をするべきだったかなと反省しています。役者として素晴らしい経験でひたすら勉強になった作品でした。

  
塗箸作りの修行をやめた秀臣は大きな箸工場の経営者となる
喜代美の父・正典(松重豊)は秀臣のやり方に反発するが…
秀臣の心奥には伝統工芸・若狭塗箸への深い愛情があった

土曜ドラマスペシャル 蝶々さん
〜最後の武士の娘〜 (2011)

ジョー役

土曜ドラマスペシャル 蝶々さん〜最後の武士の娘〜

インタビュー

 オペラ「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」のヒロインである蝶々夫人の人生を描いたドラマですが、僕はプロローグとエピローグのみの出演でした。三浦環の日本凱旋公演が開かれた歌舞伎座のロビーで、野田秀樹さんが演じられた谷川伊作に「蝶々さんはどんな女性でしたか?」とジョーが声をかけたところから物語が始まるんです。エピローグも野田さんと僕の二人芝居で完結しています。

 僕にとって野田さんとお芝居ができたことは最大の勲章でした。野田さんが主宰する「野田地図(NODA・MAP)」にずっと出たいと思いながら接点がなかったんです。それが、この作品でコラボできたのですから、リハーサルには相当緊張して臨みました。僕なりの野田秀樹像というのもありましたしね。ところが、いざお会いしてみたら、ものすごく気さくで、いい意味でふつうのおじさんという感じの方だったんです。野田さんの僕を見る目がにこやかなのも嬉しかったですね。

谷川(野田秀樹)は実在した“蝶々さん”の幼なじみ
ジョーは本当の“蝶々さん”のことを教えてほしいと頼む

 それでも、せっかくの機会ですから野田さんとの芝居のモーメントは絶対落とさないぞというくらい、1シーン1シーンにかけた集中の量が大きかったことを覚えています。野田さんからは「そんなに気合い入れるなよ」と言われてしまい恥ずかしかったのですが、作品の中で力強くしっかりと存在していたいと心的エネルギーを注いで芝居をした記憶があります。シーンは少なかったけれど、かなりカロリーを消費した作品でもありました。蝶々さんの養母役で出演していた戸田恵子さんが、「ジェイ、良かったよ」というメールを送ってくれました。戸田さんは絶対にお世辞を言わない人だと知っているので、これはすごく嬉しかったです。

 難しかったのは英語のセリフでした。英語はしゃべれますが、だから演技がうまいとは限りません。英語の芝居こそ隙があってはいけないと最大の集中力で臨みました。それにしても野田さんの英語は素晴らしかったです。まるでネイティブのようで、そこからもパワーをいただきましたし。言語に関係なく二人で表現し合えた瞬間でしたね。

“恋の至極は忍ぶ恋…”武士道の書「葉隠」の一節を暗唱するジョー
蝶々(宮﨑あおい)が米国人フランクリンとの間に授かった子はその後…

NHKスペシャル 私が愛した日本人へ
〜ドナルド・キーン 文豪との70年 (2015)

ドナルド・キーン役

NHKスペシャル 私が愛した日本人へ〜ドナルド・キーン 文豪との70年

インタビュー

 ドナルド・キーンさんの半生をドラマとドキュメンタリーで描くNHKスペシャルで、僕はドラマパートで20歳から80代までのキーンさんを演じました。撮影期間は2週間ほどでしたが、とても濃密な時間を過ごすことができた作品です。

 当然のことですが、まず思ったことは「キーンさんに失礼のないように」ということ。同時にキーンさんのことをよくご存じの方がご覧になって、「ああ、この人はキーンさんの心を知っているな」と感じていただけるようにしたいと思いました。監督が素晴らしい方で「キーンさんを演じる必要はない、いかにもキーンさんに似ているような演技は一回忘れてください」と最初に言ってくださったこともありがたかったです。日本をこよなく愛する人物を、役者として表現者として作っていけば自然にそうなっていくと。まさに、どんな日本人より日本と日本語を愛している人であり、そこを出せたらという思いから、僕自身のサッカー日本代表フリークな部分、日の丸をつけた選手を愛している引き出しを引っ張り出すことを心がけました。

太平洋戦争 派遣されたアッツ島で集団自決した日本兵の遺体を見る
死んだ兵士らの日記には日本人の優しさがにじんでいた

 そのうえで、憑依するのではないかというくらいキーンさんの映像を見たり、実際にお会いして気づいたのですが、あの方は肩のラインが必ず自分の左側に少しずれるんです。そうしたエッセンスも取り入れたりしました。あとは、メークさんや小道具さんなどスタッフの頑張りがすごかったです。物まねというのではなく、僕の中からキーンさんの熱や温度が出せるようにと、いろいろ研究してくださったことを覚えています。高齢になっていくキーンさんを特殊メークで表現するため、2時間から3時間かけて石膏で顔の型も取りました。そうした一つ一つをスタッフ、監督と話し合いながら進めていけた現場で僕も魂を入れてやらなければという気持ちになりました。

終戦後、京都大学に留学
川端康成ら数々の文豪と出会い…
日本文学を翻訳し世界に広める“伝道師”となる

 キーンさんとは撮影に入る前に実際にお会いする機会を作っていただいたんです。まるでお釈迦様のように温厚な方でしたが、お話ししてみると熱い激情を持った方でもありました。“日本愛”がテーマですが、だからこそ日本に対する怒りや譲れないところもある。そこがぶれないし、何よりもまだまだ良い日本を作ってほしいという情熱をお持ちでした。朝一番でキーンさんの訃報を耳にしたときはただただショックでしたね。お祈りをさせていただきましたが、またこの作品に光が当たるときが来たら嬉しいですね。

コレナンデ商会 (2016〜)

ジェイ役

コレナンデ商会

インタビュー

 これは子ども番組ではありますが、子どもの目線に下がって楽しませるというものとは少し異なり、お母さんもお父さんも一緒になってエンターテインメントする番組になっています。「ガチョーン!」なんて大人が面白がるような昭和のジョークも平気で出てきますからね(笑)。作家の下山啓さんの台本が素晴らしくアイデア満載。子どもは正直ですし目が肥えているので、面白くないと思ったらさっさとテレビの前からいなくなってしまいます。センスが素直なので大人よりごまかしがきかない。だから子どもたちが10分間見てくれるようなものにしようと、みんなもアドリブでいろんなことを出し合っています。もちろん台本をリスペクトしていますが、そこに思いつきのアイデアなどが顔を出すんです(笑)。

陽気なジェイさんと人形たちの“音楽パペットバラエティー”

 ブルブルくんの声を担当しているえなりかずきくんのアドリブも面白いですよ。僕たちのルールは、たとえ間違えたり笑ってしまったりしても途中で勝手に収録を止めないというもの。ライブステージのような感覚で進行するようにしているんです。お互いにドライやリハーサルでネタは出さずに本番でぶつけてきます。まさに舞台と一緒で、台本ありきですが表現者としてアクシデントも楽しむ。その空気はそのまま見ている子どもたちにも伝わるものですね。

ジェイさんの店の店員・ブルブルくん(声/えなりかずき)

 それにしても、スタッフは生身の川平慈英をどう煮て食ってやろうかと言わんばかりに、僕を困らせる課題を次々と登場させますね。良い意味であぐらをかかせてくれない。「もっといいものを、もっといいものを」と僕の中に眠っている引き出しを開けようとしてくれます。そうなるとこちらも、「今回は大玉乗りか、楽器できたか、よし負けないぜ」と良い相乗効果が生まれるし、そういう意味では僕が一番楽しんでいるかな。もちろんコンガ、ドラム、ギター、三線など楽器はすごく難しい。だけど苦労したものほど出来上がりがいいんです。あと音楽は既成のヒット曲もやりますが、オリジナル曲があるというのもすごい。オリジナルを後世に残せますし、僕のミュージカルアクターとしての真価も問われている感じです。

 番組的にはエッジもきいているし、クオリティーも高いので僕らが「のっぽさん」を見て育ったように、いつか歩いている僕を見て「ジェイさんを見て育ったんですよ」と言ってもらえるくらい長く続いてほしいですね。

三線(さんしん)を弾きながらふるさと・沖縄の民謡を…
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敬称略

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