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松谷みよ子 松谷みよ子

松谷みよ子児童文学作家まつたにみよこ

児童文学作家・松谷みよ子。赤ちゃん向け絵本『いないいないばあ』、世界中で翻訳されている童話『龍の子太郎』、そして『ふたりのイーダ』など、多くの子どもたちに読まれる児童書を数多く著した。中でも、「ちいさいモモちゃん」シリーズは、親から子へ、子から孫へと読み継がれる児童書のベストセラーとなった。
大正15年、社会派の弁護士・松谷與二郎の末娘として東京・神田に生まれ、4歳からは江古田(練馬)の自然の中で育つ。「家のことより本を読め。嫁に行ったら家事ばかり。今本を読まないと馬鹿になる」という母の主義のもと、児童文学全集を愛読。自らも創作をする少女だった。昭和12年父が死去し、戦争期の母子家庭は生活に困窮。その青春の心の支えは、童話を書き続けることだった。
戦後、児童文学者・坪田譲治に知己を得て、門下に入る。坪田の後押しもあり、昭和26年『貝になった子供』を出版。その後は、「どんなスタイルであっても『人生を書きなさい』」という坪田の教えを胸に、作品の柱となるものを求めて苦闘する。昭和30年、瀬川拓男(人形劇団主宰)と結婚し、夫のすすめで「民話」の採訪を開始。これが契機となり、「民話」にひそむ民衆の思いに関心を寄せるようになる。こうして生まれたのが初期の代表作『龍の子太郎』(昭和35年)。この作品で国際アンデルセン賞優良賞を受賞し、児童文学作家としての地位を確立。
松谷は、民話の採訪を続ける一方で、『ちいさいモモちゃん』(昭和38年)を発表。育児ノートをもとに子どもの成長の様子を、子どもたちが楽しめる児童書として著しながら、当時は児童書ではタブーとされていた、親の離婚や元夫の病死など、松谷自身の人生を率直に著した。その後、人気絵本『おばけちゃん』シリーズなどを発表するとともに、『まちんと』『ふたりのイーダ』『私のアンネ=フランク』『あの世からの火』など、半世紀にわたって戦争についての作品を多数発表。「子どもたちの想像力を信じ、いろいろな人生について想いを馳せることが出来るように」と、心を尽くした作品を著し続けた。子どもたちに向けて人生を書く、松谷の想いが語られる。

あの人に会いたい

小さい子の文学を書くというのは、何か森の中を歩いているようなもので、どこまで深く入っていけるか分からないけど、振り向いてみたら、小さい子が上向いて 笑っていてくれればいいんじゃないか

テレビエッセー 出会い

著名人が、自分にとって特別な意味を持つある一つの「物」について、カメラに向かって独り言のように淡々と語るトーク番組。1枚の絵、1通の手紙、一つの小箱など、その物との出会いを語ることによって、その人の個性や人生の年輪がおのずと浮かび上がってくる。1988年度前期は「出会い」をテーマに、安岡章太郎(作家)、松谷みよ子(児童文学作家)、圑伊玖磨(作曲家)らが語った。総合(水)午後11時20分からの15分番組。

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