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むのたけじ むのたけじ

むのたけじジャーナリストむのたけじ

「戦争絶滅」を訴え続けた、ジャーナリスト・むのたけじ(本名・武野武治)。21歳で報道の世界に入り、101歳で亡くなるまで、日本の戦前戦後を鋭く見続けた。むのは大正4年(1915年)秋田県の小作農民の家に生まれる。働いても働いても、貧困から抜け出せない―貧富の絶対的格差の中で働く両親を目の当たりにして育ち、「社会の仕組みを変える」と決意する。東京外国語学校(現・東京外大)へ入学、報知新聞を経て昭和15年朝日新聞社に入社。戦争へと突き進む政治の裏側を取材。その後、従軍記者として中国・東南アジアの戦場を目の当たりにする。直ぐに終わると言われた戦争は泥沼の一途を辿る。拍車をかけたのは、‘国益に反することは書かない’と新聞社自らが課した‘自主規制’による報道の「嘘」だった。記者でありながら真実を書くことが出来なかった悔恨から、むのは昭和20年、「負け戦を勝ち戦のように報じて国民を裏切ったけじめをつける」と終戦の日に退社。「ジャーナリストは何が出来たのか」。そして、「どうすれば人間が幸せに暮らせる社会が出来るのか」。二つの命題を胸に、故郷の秋田に戻り週刊新聞「たいまつ」を創刊する。読者とともに作る新聞を目指し、常に生活者の視点から日本そして世界の姿を見つめ、鋭く深い思索に裏打ちされた言葉を紡ぎ出してきた。そこには「日本は地域から生まれ変わる必要がある」という強い思いが根ざしていた。90歳を迎えてからは、憲法9条の大切さを精力的に訴えて講演活動を重ね、反戦を訴える若者たちを応援、子供たちに向けた本を記した。「ジャーナリズムとは、歴史の日記。過去に何があって現在に至っているのか。何をやって、何をやらなかったのか。人間の歩みを伝えるのが、私たち古い世代の仕事なのだ」。『平和を手渡す』という強い決意を胸に、ジャーナリストとして生きぬいた。

あの人に会いたい

放送局であろうと新聞社であろうと出版社であろうと
もしも本気で平和な世の中、戦争のない世の中をつくるというなら、
戦争をやらせないことですよ。
戦争が始まってしまって戦争体制ができてからは何もやれないし、
やっても効果はない。

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