50音から探す

あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行
ら行
わ行
高野悦子 高野悦子

高野悦子岩波ホール総支配人たかのえつこ

"東京の映画館、岩波ホールの総支配人として、埋もれた名作映画を発掘する活動に力を尽くした高野悦子さん。
1929(昭和4)年、旧満州生まれ。大学在学中、社会心理学の研究テーマとして与えられた「映画」の魅力にとりつかれ、映画会社で観客の嗜好調査の仕事に就く。やがて映画監督を志すも、当時まだ女性には監督への道は開けていなかった。
高野さんは会社を辞め、フランスのパリ高等映画学院に留学。帰国後は映画の脚本やテレビドラマの演出を手がける。しかし、映画製作をめぐるトラブルがきっかけで、監督の道を諦める。
映画の作り手から見せる側へ。転機が訪れたのは1968(昭和43)年。東京・神田神保町に岩波ホールの創立とともに総支配人に就任する。
1974(昭和49)年からは世界の埋もれた名作映画を発掘し、上映する運動「エキプ・ド・シネマ(フランス語で映画の仲間""の意)」に取り組み始める。他では観られない作品を求めて多くの映画ファンが岩波ホールを訪れるようになる。客席数200余りの劇場で独自のプログラムを組む興行方式はミニシアターの先駆けとなった。
また、昭和60年からは「東京国際女性映画祭」のジェネラルプロデューサーとしても活躍し、女性の映画界への進出を支援してきた。
多くの人々に映画の魅力を伝え続けた高野悦子。映画とともに歩んだ人生を語る。"""

あの人に会いたい

映画を愛してくださる方の輪が広がるというのが、
私どもの本当の願いなんです。

その他の出演番組を見る ※類似の氏名が検索される場合があります。
一覧から探す

敬称略

」の検索結果(0件)

お探しの検索条件では見つかりませんでした。
人物名を入れてください。