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岩谷時子 岩谷時子

岩谷時子作詞家いわたに ときこ

女性作詞家の草分け、岩谷時子。昭和27年越路吹雪の「愛の讃歌」で戦後初の女性作詞家として登場。シャンソンをはじめ日本のポップス、歌謡曲からミュージカルまで幅広い分野で活躍、様々な愛の世界を歌い上げた。
岩谷時子は大正5年、現在のソウルで生まれ、兵庫県の西宮で育った。宝塚歌劇に親しみ、古今東西の詩を愛読していた文学少女は、やがて宝塚歌劇団発行の雑誌に随筆や小説を投稿するようになる。それが縁で神戸女学院の英文科卒業後の昭和17年、歌劇団の編集部に就職した。ここで越路吹雪と運命的な出会いをする。類い稀な表現力を持った越路との出会いが岩谷の才能を開花させる。戦後、越路が宝塚を離れ上京すると「越路吹雪のマネージャー」と称して訳詞を担当「愛の讃歌」「サン・トワ・マミ」など数々のヒット曲を生んだ。その後、ザ・ピーナッツ「ふりむかないで」「恋の季節」、岸洋子「夜明けの歌」、ピンキーとキラーズ「恋の季節」など大ヒット曲を飛ばし続け、売れっ子作詞家となる。作曲を手掛ける加山雄三との出会いは岩谷にとって新しい時代を予感させるものだった。「君といつまでも」「お嫁おいで」加山雄三の爽やかさをイメージした岩谷の詞は純愛とロマンに満ち溢れたものとなった。一方、岩谷がライフワークとしたのはミュージカルだった。「ウエストサイド物語」「レ・ミゼラブル」は何度も再演され、その度に稽古に立ち会い、訳詞のやり直しをし続けた。西洋のメロディに美しい日本語を生かすことに情熱を燃やし続けた。

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