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船村徹 船村徹

船村徹作曲家ふなむらとおる

「矢切の渡し」「王将」など演歌のヒット曲で知られる作曲家・船村徹。
情感豊かなメロディーで数々の名曲を生み出し、手がけた曲は5千曲以上にのぼる。
文化発展の功績を讃える文化勲章で、昨年、大衆音楽界からは初となる受章を果たした。
 
栃木県に生まれ、音楽好きだった父の影響でギターやトランペットに親しみ作曲を始める。
上京し、東洋音楽学校(現東京音大)に入学。そこで出会ったのが、作詞家志望の高野公男だった。
2人は学校で習うクラシックではなく、大衆の心を掴む、人間の心情を映す日本の歌作りに没頭。
船村さんは「栃木弁で作曲しろ」という高野さんの言葉に途方に暮れるも、
なまりがもつ独特の抑揚で望郷の心情を表現、共にヒット曲「別れの一本杉」を生み出した。
そして高野さんが病気で亡くなった後も、「王将」や「矢切の渡し」など、
日本人の心に寄り添う曲を発表していく。
 
作曲家として不動の地位を確立した船村さんだったが、40代後半で、
ギター一本で全国各地をまわる「演歌巡礼」という試みを始める。
日本人の心に沁みる音楽は生きた風土の中にあると、その土地の風や波音を肌で感じ、歌う。
「鹿児島の錦江湾の波は鹿児島弁で鳴り、津軽海峡へ行くと、津軽弁で風が吹いている」
旅での出会いは、「風雪流れ旅」というさらなるヒット曲も誕生させる。
 
演歌は日本人の血液と語る船村さん。「事実と心は別。人間というのは所詮、矛盾の中で人生を
終わってしまうような、しかしそれらしい無常観に悩みながら旅して歩いている」
庶民の心の歌を作り続けた人生だった。

あの人に会いたい

日本人の昼の顔はね、建前の顔なんだよ。
本音の顔はね、酔って演歌を歌う顔。
ですから良かったと思います、建前の音楽やらなくて。
本音の音楽やってきて。
えかったんべー。

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