番組エピソード
大河ドラマ『篤姫』
ドラマを貫いた“女の道は一本道”
薩摩藩島津分家から本家の養女となり、さらに将軍御台所となった篤姫。その凜(りん)とした生涯を支えた言葉がまだ於一(おかつ)と呼ばれていた時代にあった。於一が島津斉彬の養女となることが決まったとき、養育係の菊本が告げた「女の道は一本道。さだめに背き引き返すは恥」という言葉だ。その言葉に強い感銘を受けたという宮﨑あおいさん。於一が鶴丸城に入った直後、菊本が自害したことで、その言葉の重みは一段と増した。「於一にとって、あの言葉の影響はすごいものがあったと思います。この後、江戸に行き、大奥に入ってからも決して弱音を吐かず、過去を振り向くことなく生きていけたのは、あの言葉があったからだろうなって」。宮﨑さん自身、「もともとポジティブな性格で、うじうじ振り返ったりしないんですけど(笑)、それでもあの言葉には改めてそうありたいなと思わされるものがありました」。
「女の道は一本道にございます…」
盛大なお輿入れの行列を再現
島津本家でのお姫様教育を経て薩摩から江戸へ、そして江戸薩摩藩邸から江戸城大奥へ。いよいよ将軍御台所となる篤姫。そのお輿入れの行列は当時でも盛大なものだったらしく、一説によると渋谷の薩摩藩邸から江戸城までの経路で、6日間途切れることがなかったそうだ。それをドラマで再現したのがCG合成だ。果てしなく続く行列を“合成”し、本物のように見せるため行列の先頭、真ん中、後尾など何か所かに分けて撮影。さらに景色を合成するための撮影など、さまざまなバージョンのパーツを組み合わせた。もちろん天気、日照条件、行列の歩くスピードなど精密な計算に基づき、参加したエキストラさんたちの協力なども得て完成したのが、あの華やかで盛大なお輿入れ行列のシーンだ。
囲碁シーンの盤面に注目
篤姫といえば囲碁を打つ姿も話題となった。薩摩時代には、幼なじみの肝付尚五郎(後の小松帯刀)、島津本家の島津斉彬と、そして江戸城に入ってからは将軍家定と盤面に向き合う姿が見られた。囲碁指導をつとめたのは『ヒカルの碁』の監修などもつとめた女流棋士の梅沢由香里(現在は吉原由香里)さん。梅沢さんは「篤姫の棋力は台本を読ませていただいたうえで私が想像したものですが、現代でいえば初段くらいのイメージでした」。ただ、対局場面や相手に応じてその都度、盤面を作ってきた。最初はあっさり負けてしまった尚五郎が久々に篤姫と対局したときは成長がわかるような図にしたり、島津斉彬との場面では揺らぐことなく攻める斉彬を表現し「それまでの中で一番高級な内容」だったそうだ。碁石を盤にびしっと置くのは実は難しいそうだが、梅沢さんは「宮﨑あおいさんも瑛太さんもセンスがよくてすぐにできるようになりました」と感心していた。
大奥セットのこだわり
生家・今和泉家、島津本家の鶴丸城、そして江戸城大奥と篤姫の境遇の変化に伴い、次々と豪華になっていったのがセットや衣装だ。ことに大奥のセットは見どころ満載。図面や資料をもとに建築考証の協力を得て完成したのが篤姫のプライベート空間である新御殿。江戸城の障壁画やふすま絵は狩野派の大和絵が使われていたため、篤姫の居室にも狩野派の絵を使ったのだが、画材として選んだのは「四季花鳥図屏風」。この絵を参考に、故郷・薩摩の豊かな自然を思い起こさせる絵に作り直し、篤姫のトレードマークとなる床絵やふすま絵にした。
生家での篤姫(於一)
将軍の御台所となった篤姫
また、新御殿の廊下は飾り替えることで“お鈴廊下”(江戸城中奥と大奥をつなぐ廊下)のセットになるような工夫も。鈴に萌黄色の房がついていたことがわかり、鈴ひもを萌黄色にしたり“お錠口”の錠前も実際の資料を描いた絵をもとに再現した。この錠前は江戸城を新政府に明け渡す際に、大奥総取締の滝山が閉じるシーンが印象的だった。

音楽が盛り上げた名場面
劇伴と呼ばれるドラマの中で流れる音楽の大胆さも魅力だった。音楽を担当した吉俣良さんは、自身が鹿児島出身ということもあり『篤姫』の音楽の依頼が来たときは本当に嬉しかったと話していた。時代劇は初めて担当したそうだが、前向きで明るい曲を多く作り、それを引き立てる意味でマイナーな曲も増やしていったそうだ。劇中曲は全62曲、すべて吉俣さんのオリジナル曲だ。それらを1回の放送に15曲から20曲を使うのだが、シーンに合わせて選曲をするのが音響効果を担当するスタッフと監督。篤姫が生家から島津本家に移るときの尚五郎との別れ。切ないシーンだがあえてロックの荒々しい曲で新たなステージに向かう篤姫の決意を表現。将軍家定がうつけではなかったとわかった衝撃的なシーンでは音楽のピークも後半に持っていくなど、さまざまな工夫がこらされていた。
作曲家 吉俣良さん
幕末を生きた人々への思い
波乱万丈の篤姫の生涯を紡いだ脚本家の田渕久美子さんは、執筆前に鹿児島を訪れた際、ホテルの枕元に大勢の薩摩の武士たちが現れたと話している。自分たちのことを頼むという意味だと受け止めたとか。またすべてを書き終えた後に、将軍家定と篤姫のお墓参りをしたときには二人のお墓から伝わってくるものが全然違ったという。「家定公はその場にいらして、私が作ったうつけではないという人物像をすごく喜んでくださっていた感じ」がしたそうだが、「天璋院篤姫様のお墓はシーンと静けさを漂わせていたように思います」。篤姫を演じた宮﨑あおいさんも「1年2か月もの間、ずっと私のそばにいらした方がもういないんだと思ったら寂しかったです」とお墓参りの感想を語っていた。男性の英雄ばかりがクローズアップされた幕末、筋を通して一本道を歩んだ天璋院篤姫の物語を完走した女性たちの言葉も印象深い。
脚本家 田淵久美子さん
天璋院篤姫の波乱の生涯を演じ切った
宮﨑あおいさん
ステラNHK名作座 コラム
愛と決意の姫が大奥を守り抜く
この作品の大きな魅力は、主人公の篤姫がとても賢く愛に満ちた女性であること。薩摩の分家の姫が、島津斉彬に見込まれて将軍正室となるが、相手の家定(堺雅人)にはうつけのウワサが。すると姫は「知りたいことがあらば、自分自身で確かめるものじゃ」と、アヒルを追いかける家定といっしょに庭を走り回る。勢い余って橋から落ちそうになった姫をがしっと抱きとめた家定。その目を見た姫は、彼がうつけなどではないと確信する。ここは大河ドラマ史上、もっともロマンチックなシーンかもしれない。同時に家定がうつけを装わねばならぬ幕末の難しさを表現した大事な場面。難役を演じた堺雅人はさすがだ。
宮﨑あおいは当時、大河ドラマの主役としては最年少。愛らしい娘が、やがて故郷薩摩に江戸城を攻められるかもという苦境の中、「私は徳川の人間としてこの大奥を守る」と宣言。和宮(堀北真希)、大奥総取締の滝山(稲森いずみ)らと危機を乗り越える姿には胸が熱くなる。「女の道は一本道」を貫き、大奥イコール女の愛憎渦巻く魔境という印象を軽やかにひっくり返してみせた篤姫の笑顔が、この作品の真っ芯にある。
文/ペリー荻野

- 大河ドラマ『篤姫』 【2008年放送】
幕末から明治への激動の時代を、まっすぐにひたむきに生き、江戸の町を戦火から救った女性がいた。その人の名は、篤姫。
原作:宮尾登美子 脚本:田渕久美子 音楽:吉俣良 語り:吉俣良
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