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番組名 [証言記録 兵士たちの戦争]満州国軍 ~“五族協和”の旗の下に~
戦地 満州(ハルビン、奉天、新京、ノモンハン、興安、孫呉)  放送日 2012年3月31日

チャプター

[1] チャプター1 五族協和の旗の下に  05:45
[2] チャプター2 満州国はなぜ作られたか  05:19
[3] チャプター3 日中戦争  04:12
[4] チャプター4 民族の壁  02:30
[5] チャプター5 中国人にとっての満州国軍  08:15
[6] チャプター6 モンゴル族の満州国  04:47
[7] チャプター7 ノモンハン事件  03:54
[8] チャプター8 反乱の予兆  01:56
[9] チャプター9 ソ連軍の侵攻  10:17
[10] チャプター10 満州国の消滅  03:38
[11] チャプター11 長い戦後  09:20

番組内容

1932年3月1日、現在の中国東北部に「満州国」が建国されます。事実上、日本の関東軍の支配下に置かれた満州国。首都は新京(現・長春)に置かれ、新国家の建設が推し進められました。
このとき、満州国執政(のち帝政となってからは皇帝)溥儀を元帥とする新しい軍隊「満州国軍」も創設されます。満州国軍は、「五族協和」の理念のもと、さまざまな民族で構成されていました。漢族、満州族、モンゴル族、朝鮮族、そして日本人。諸民族が心をひとつにして、日本と共同で満州国を守ることが求められました。
この満州国軍の将校となった日本人は、多くが日本の陸軍士官学校を受験し、推薦されて「満州国軍 軍官学校」に入校した若者でした。彼らは、満州国で学び、さらに、日本の陸軍士官学校で教育を受け、満州国軍の将校となったのです。
しかし、満州国軍を構成する諸民族は、同じ軍隊という組織に身を置きながらも、背負う歴史や立場が異なり、それぞれが違う方向を目指していました。終戦間際にソ連軍が満州国に侵攻すると、その矛盾が一気に噴出します。
満州国軍の実像とは、一体どのようなものだったのでしょうか。

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満州(ハルビン、奉天、新京、ノモンハン、興安、孫呉)

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