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タイトルタイトル: 日本ニュース 第13号
公開日公開日: 1940年(昭和15年)9月3日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 新日本へ挙国的発足新体制準備会開く  02:45
[2]2 チャプター2 事変処理新段階へ日支国交交渉終了  01:12
[3]3 チャプター3 伊勢神宮参拝の小林商工大臣<週間話題>  00:30
[4]4 チャプター4 法隆寺の壁画修理<週間話題>  00:28
[5]5 チャプター5 福島県の供米報国運動<週間話題>  00:46
[6]6 チャプター6 アメリカ士官学校生徒の沿岸防備砲射撃演習  00:42
[7]7 チャプター7 援蒋密輸の基地下川、桂林を奇襲  02:48

チャプター

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公開日公開日: 1940年(昭和15年)9月3日

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我が国政治史上に一大転機を画する新体制確立運動は、8月28日の近衛首相の声明をもって力強く発足。政治経済、学術、言論、各界の代表的革新人物24名より成る準備委員会は同日午後2時より首相官邸において全国民注視のうちに第1回準備会を開催しました。劈頭(へきとう)、近衛首相は現下の内外情勢に鑑(かんが)み、新政治体制確立の必要なる所以(ゆえん)とその基本理念を織り込んだ声明を朗読して挨拶に代え、次いで準備会の議事進行方法を打ち合わせたる後、首相指名によって有馬頼寧(らいねい)伯を座長に推し、ここにいよいよ新体制基本理念を中心として討議に入(い)り、各委員より忌憚なき意見の開陳を求め、新体制の輪郭決定に関する近衛首相の統裁に帰することとなりましたが、この日は組織問題等には触れず、基本理念の一般論につき検討を行い、各委員の質問には近衛首相主としてこれが答弁にあたり、真に歴史的な新体制発足にふさわしい活発真摯な論議が続けられました。席上、有馬座長は各委員の心構えを一般国民に明示する必要ある所以(ゆえん)を述べ、宣誓書を作成。各委員これに署名し、滅私奉公の観念はまず準備会自らが体得、実践すべきことを厳かに誓いました。

「新体制準備委員会第一回会合の席上におきまして、全員起立の下に、次のごとき誓いをいたしました。我等(われら)は大御心を奉戴(ほうたい)し、一切の私心を去り、過去になじまず、個々の立場に捕らわれず、協心戮力(きょうしんりくりょく)、もって新体制確立のため、全力を尽くさんことを誓う。この誓いは我々関係者ばかりでなく、一般の人々も同じ心構えを持たれんことを希望するのであります。」

新東亜建設の共同理想を達せんとする日支国交調整交渉の最終会談は、去る8月31日、国民政府寧遠楼に開催。まず、我が阿部大使が随員を従えて到着すれば、次いで汪精衛(おうせいえい)氏も自動車で到着。かくて両代表はここに意義深い最後の会談に臨みました。
日支条約の歴史的外交交渉の幕が切って落とされてから、ここに2ヶ月、両国交渉委員の献身的な努力はついに報いられ、いっさいの現地交渉を完了し、両代表はこもごも立って、条約の現地における正式確認を宣言しました。
かくて会談を終わった両国委員はシャンパンの杯を上げ、交渉の成果を心から祝い、うち解けた談笑のうちに新東亜建設に一段階を画する現地国交交渉は、円満に終了いたしました。

大東亜共栄圏の一翼として、我が朝野注視の的となっている蘭印へ、重大使命を帯びて、去る9月2日、故国を離れた特派使節・小林商工大臣は、出発に先立ち、随員らと共に伊勢神宮に参拝。心から重大使命完遂の祈願をこめました。

大和法隆寺の金堂修理工事は昭和17年から着手することになり、1004年前から燦然(さんぜん)たる芸術をそのままに伝えている12間の大壁画を模写保存するため、和田英作、入江波光、両画伯が一生一代の筆を振るうことになりました。自然の光とまったく同じの影向放電灯に描き出された金堂内の壁画は、さすがに豪華を誇った奈良朝時代の絢爛(けんらん)荘厳さが溢れていました。

お米を政府に供出しようという供米報国運動は、熱誠溢(あふ)るる農村各地に多大の収穫をあげております。ここ福島県耶麻郡月輪村・長瀬村の2ヶ村では、各農家の余剰米の供出はもちろん、去る昭和10年以来、絶えて開かなかった恩賜の郷蔵を一斉に開け放って、過去5カ年に渡る粒々辛苦の結晶を慶(よろこ)んで政府に供出しました。この郷蔵は去る昭和9年、10年の2カ年に渡り、東北一帯を襲った希有の冷害に際して、御下賜金を基金として設けられたもので、今こそこのありがたき聖旨に応え奉ることができると、村民一同は抑えきれぬ慶(よろこ)びの色を、その質朴な面いっぱいにみなぎらせています。

参戦か中立維持か、物情騒然たるアメリカにおいて、このほど陸軍士官学校の生徒により、アメリカが世界に誇る新しい威力155mmの沿岸防備砲の実弾射撃がニュージャージー州ハンコック要塞において行われました。

寧波(にんぽう)、温州(おんしゅう)と息つく間もなく、香港から北の重要港湾を急襲。封鎖作戦を続行しつつあったわが南支那海軍部隊は、重慶輸血路の封鎖完璧を期して15日早朝、南支における重慶密輸ルート下川島に対し、奇襲作戦を開始。航空隊は島内軍事施設その他を猛爆して上陸部隊を援護し、陸戦隊は強風怒涛(どとう)を侵して、珠江(しゅこう)の港口に殺到。デルタ地帯に近き下川島に勇躍敵前上陸を敢行しました。
かくて我が上陸部隊は敵の抵抗を排して進撃、また進撃。島内の残敵を掃討。援蒋密輸の巣窟に大鉄槌を下しました。

西南国際ルートの拠点であり、かつ重慶抗戦勢力の前線基地をなす、広西省桂林を爆撃すべく、我が南支航空隊、濱田、林、山口、長野、鈴木ら各隊長の指揮する陸の荒鷲は、8月24日早朝、大編隊をもって基地を出発いたしました。
我が堂々の大編隊陣は、西南支那の空を圧して桂林に驀進(ばくしん)。
かくて桂林上空に達した荒鷲は、熾烈(しれつ)なる防御砲火を冒し、各隊、緊密なる連絡の元に、付近軍事施設に巨弾の雨を浴びせ、多大の戦果をおさめて、全機、無事悠々、基地に帰還しました。