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タイトルタイトル: 日本ニュース 第16号
公開日公開日: 1940年(昭和15年)9月24日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 尊し興亜の御英霊故北白川宮殿下御葬儀  01:31
[2]2 チャプター2 慶祝紀元二千六百年興亜国民動員大会  01:04
[3]3 チャプター3 海鷲の偉勲重慶大爆  01:57
[4]4 チャプター4 新生支那の集団結婚  00:54
[5]5 チャプター5 郷土の栄誉をかけて神宮水の争覇開く  01:14
[6]6 チャプター6 英本土攻撃激化独長距離砲の威力  00:56
[7]7 チャプター7 瀬戸口藤吉翁感激のタクトを揮う  02:23

チャプター

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公開日公開日: 1940年(昭和15年)9月24日

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尊き御身をもって、今次聖戦に御人柱、花と散らせ賜うた故北白川宮永久王殿下の御葬儀には、9月18日、厳かに執り行われ、御霊柩を砲車に移し参らせた御霊車は、午前8時15分、御懐かしの御殿を御発院あらせられ、儀仗兵1個中隊、前後を御守り申し上げ、捧げ奉る民草一億の哀悼のうちに御順路を粛々と御葬場に進ませ賜い、蕭条たる冷雨に打たれて堵列、奉拝する。軍隊、学生生徒、一般市民らの人垣の内からは、ただ嗚咽(おえつ)の声が聞こえました。市民涙の奉拝のうちを御霊柩は、しとど降り注ぐ雨に打ち煙りつつ、殷々(いんいん)と轟(とどろ)く礼砲に送り迎えられて、午前10時15分、豊島が丘御葬場に御到着。かくて陸軍砲兵少佐・大勲位功四級、永久王之墓の御墓標のもとに、御武勲に輝く御英霊は常しなえに神鎮まらせ賜いました。

満洲国皇帝陛下の御臨席を仰ぎ、我が日本の紀元2600年を慶祝する興亜国民動員大会は、9月19日、秋晴れの新京、大同広場において、日本・支那・蒙古の各国青年代表を迎えて、華々しく挙行され、十数万の参加者は一斉に陛下に対し、忠誠を誓い、平和創建に殉ぜんとの固き決意を示しました。
晴れの大会式典終了後、各参加部隊は音楽隊を先頭に大分列行進を開始。各団旗をかざして各順路を新京駅前に行進。興亜新秩序建設を担う烈々たる気迫を漲らせました。

我が荒鷲の連続爆撃で、重慶はまったくその機能を失い、気息奄奄(きそくえんえん)、最後の足掻きを続けていますが、我が海軍航空隊の爆撃行は一瞬といえども休むことなく、9月15日、爽涼(そうりょう)の秋空を突いて重慶爆撃を敢行しました。命令一下、戦友に送られ、莞爾(かんじ)として基地を離れた荒鷲の大編隊は、戦闘機に守られつつ、長江の流れを脚下に一路、重慶に驀進(ばくしん)しました。
途中発見した敵の軍事施設に巨弾を浴びせて、これを爆撃粉砕。機首を立て直した大編隊は、さらに重畳たる四川の山を越え、谷を越え、漠々たる白雲を突いて重慶目指して快翔。
かくて弾雨の下、揚子江岸に最後の抵抗を続ける敵首都・重慶の上空に達した大編隊は敵が打ち出(いだ)す高射砲を侵し、悠々、軍事施設に巨弾の雨を降らせ、完膚無きまでに爆撃粉砕。轟々(ごうごう)たる爆音は四川の山野を圧して轟きました。

支那の結婚といえば、今になお、昔の風習を伝えて全財産の半分は使い果たすといわれるほど、豪華贅沢の限りを尽くすものと思われていますが、今度、東亜の新体制へ新しい出発をした新興支那の若者たちによって、この古い風習が破られ、去る9月17日、中秋節の吉日を穆(ぼく)して、天津は北寧公園、大礼堂に24組の集団結婚が行われました。
特別市政府・社会局長、媒酌のもとに、この日、神の御前に偕老同穴を契る若き男女の喜びにあふれた顔。新しい支那の希望に満ちた一情景であります。

紀元2600年奉祝・第11回明治神宮国民体育大会水上競技は、秋晴れの9月20日、かしこくも聖恩旗を迎えて神宮プールに開催。
その4日目、23日の呼び物、一般男子選抜200m平泳ぎの決勝。

(決勝の様子)

この日、快晴の祭日にスタンドを埋めた観衆は、銃後青年のはつらつたる熱戦に沸き立ちましたが、第2コース立教の大浦君、首位力泳、よくリードを続け、断然他を離して1着。タイムは2分45秒2。2着、日大の吉村君。3着、茨木中学の藤垣君。

イギリスに対するドイツ長距離砲の設置が完了した。かくて英独血みどろの激戦場、英仏海峡を越えてドイツ砲兵部隊はロンドンめざし、一斉にその砲門を開く。ドイツ空軍の連続爆撃におののくイギリス本土は、今またこの長距離砲の猛威の前にさらされるにいたりました。大小幾多の長距離砲は、天地も裂けん咆哮(ほうこう)を続け、フランス海岸一帯を震わせています。

我々国民の血を湧かせてきた瀬戸口藤吉翁の軍艦行進曲40年記念演奏会が、黄海海戦(こうかいかいせん)記念日である9月17日、日比谷公会堂に開かれました。
この夜、翁は病苦を1本の杖に支え、老先生を慰めようという門下生、久しぶりに翁に接しようとする人々に迎えられて出席しました。
シマダ楽長に助けられて、指揮台に上った瀬戸口藤吉翁は、満場の拍手に感謝に胸を震わせ、過ぎし日の教え子を前に思い出多き40年の昔をしのぶ、感激のタクトをとりました。

(翁指揮による軍艦行進曲演奏の様子)

思い出の演奏は終わりました。やがて門下生から記念の花束が翁の手元に送られれば、その目蓋には感謝の涙が光り、あまりにも美しいその師弟愛に満場はただ感激の渦に溶け込みました。