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タイトルタイトル: 日本ニュース 第20号
公開日公開日: 1940年(昭和15年)10月30日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 天皇皇后両陛下御親拝靖国神社臨時大祭  02:57
[2]2 チャプター2 紀元二千六百年記念大観兵式  03:25
[3]3 チャプター3 小林使節蘭印着会商着々進捗  01:10
[4]4 チャプター4 大日本青年党第四回全国大会<週間手帳>  00:47
[5]5 チャプター5 電話事業開始記念競技会<週間手帳>  00:39
[6]6 チャプター6 日独交驩対抗庭球戦<週間手帳>  00:28
[7]7 チャプター7 民族文化の交驩興亜厚生大会  01:16

チャプター

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公開日公開日: 1940年(昭和15年)10月30日

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雨晴れて秋気澄む九段の神域に、興亜の礎と散った殉国の英霊1万4400柱をとこしなえに神鎮め参らす、靖国神社臨時大祭招魂之議は雲守る満月の光も清らかな10月15日夜、一億同胞の敬慕と敬虔(けいけん)な祈りのうちに、いとも厳かに執り行われました。
天駆けり地に伏して、悲しくも尊く大陸に散華(さんげ)した強者たちが今ぞ靖国の神として帰ります感激のひととき。霊璽(れいじ)を納めた御羽車は、水漬(みづ)く屍(かばね)の奏楽に、12名の神職に奉戴(ほうたい)され、招魂斎庭(しょうこんさいてい)をいでて、粛々と進む。玉砂利をうずめて額(ぬか)ずいた遺族席からは、今ぞ仰ぐ親しき者の神の姿に、ただ拍手(かしわで)の音、嗚咽(おえつ)の声が漏れました。
2日おいて18日、臨時大祭第3日、かしこくも天皇陛下には、親しく御国の英霊に御拝あらせられる御為、午前10時、略式自動車鹵簿(ろぼ)にて宮城を御出門。御順路、靖国神社に行幸あらせられました。
かくて拝殿前に着御あそばされた天皇陛下には、畑臨時大祭委員長の御先導にて玉歩を本殿に進め賜い、百武侍従長の奉る御玉串を御手に、恭(うやうや)しく御拝あらせられました。
天皇陛下、還御の御のち、皇后陛下には、10時35分、宮城を御出門。略式自動車鹵簿(ろぼ)にて靖国神社に行啓。遺族席にお優しき御会釈を賜わりつつ、45分、拝殿着御。御ねんごろに御拝礼あらせられました。

東亜の天地に雄渾(ゆうこん)極まりなく、金鵄(きんし)の栄光、燦(さん)として輝く紀元2600年記念観兵式は、秋冷澄み渡る10月21日、かしこくも大元帥陛下の親臨を仰ぎ奉り、代々木練兵場において、いと厳かに挙行され、諸兵指揮官朝香大将宮殿下、御指揮の5万の精鋭、林のごとく整列。大元帥陛下には、御愛馬白雪に召され、燦然(さんぜん)と輝く天皇旗を御先頭に、粛々と皇軍精鋭の威容を見そなわせ賜いました。
御閲兵を終えさせ賜いし大元帥陛下には、御馬上の御英姿も神々しく、玉座に立たせ賜えば、諸兵指揮官浅香大将宮殿下の御指揮刀一閃。ここに豪快なる分列式は開始。参加諸部隊は力強く大地を蹴立て、御馬前を進みに進む。このとき空には菅原部隊長総指揮の陸の荒鷲500余機。青空を切って式場に飛来。隊形整然、空中分列を行い、空陸呼応して立体戦の威容を展開しました。
さらに地軸を揺るがす戦車・砲車、各種機械化部隊、野砲騎兵輜重各部隊の分列と、厳として揺るがぬ皇軍の雄姿は続く。
かくて分列式を終わって11時34分。浅香大将宮殿下をはじめ奉り、東條、杉山、山田3長官ら、玉座の御前、所定の位置に進めば、かしこくも陛下には、玉音朗々と優渥(ゆうあく)なる勅語を賜い、全将兵の感激はここに極まり、聖旨に沿い奉らんことを固く固く誓いました。
たくましき鉄(くろがね)の轟音(ごうおん)、都大路を圧し、我等(われら)が機械化部隊は進む。観兵式終了後、岩仲少将指揮のもとに、式場の感激をそのままに堂々、帝都大行進を開始。豪壮にしてまた絢爛(けんらん)なる軍国絵巻を繰り広げました。

歴史的使命を帯びて、蘭印に遣いした特派使節小林商工大臣は、岩瀬顧問をはじめ、各方面の権威者24名の随員とともに9月12日、無事バタヴィアに到着。出迎えのチャルダ総督代理、ファン・モーク経済相とともに埠頭に整列した蘭印儀仗隊を閲兵した後、直ちに宿舎インリースホテルに向かいました。
今回のこの会商は東亜共栄圏の確立を図るべき特種の意義を持つもので、本格的会商は20日過ぎから開始されましたが、日独伊三国同盟の成立により、多大の影響を受け、実質的討議の段階は着々と進捗いたしました。

大日本青年党第4回全国大会は、去る10月20日、全国党員代表約6000が参集。日比谷公会堂において盛大に挙行され、橋本統領以下、こもごも立って熱弁をふるいました。会閉じて全党員は、日比谷公園広場に集合。橋本統領の査閲を受けた後、隊伍を組んで宮城前に行進。一同、宮城遥拝(ようはい)ののち、さらに靖国神社に向かいました。

電信業務開始70年、電話業務開始50年を記念する数々の催し物のうち、電信電話の競技会は去る10月19、20日の両日、丸の内の東京中央電話局で開催されました。電信の方の競技会はたびたび行われましたが、電話としては初めての試み。全国から96名の選手が参加し、何番、何千何番と間断なき申し込みを選手たちはみごとにさばいていきます。見ていても目がくらむような忙しさ。

日独交歓対抗庭球戦は、去る17、18、20日の3日間、田園コートにて行われました。その2日目、盟邦ドイツのヘンケル・ギース組対日本鶴田・山形組のダブルスは、戦前の予想、五分と五分、対抗戦中の白眉(はくび)でありましたが、日本軍は第3セットを得たのみで結局3対1。遠征ドイツ軍の勝ちとなりました。

紀元2600年を奉祝して10月16日から5日間、大阪で催された興亜厚生大会は、盟邦満洲国の50余名をはじめとし、支那、蒙疆(もうきょう)からさらに東亜共栄圏に連なる大国フィリピン、蘭印インド、ビルマ、アフガニスタンなどの南方諸国の代表300余名が欣然(きんぜん)と参加。勤労大衆を中核隊とした清心はつらつたる厚生運動を展開いたしました。
第2日目の17日、2万余名の若人を甲子園原頭に動員。友好11か国の旗のもとに、厳粛華麗な厚生大運動会を開催。紀元2600年のよき年を祝い、日独伊三国同盟を慶祝し、大東亜圏の美しい親善譜を繰り広げました。