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タイトルタイトル: 日本ニュース 第23号
公開日公開日: 1940年(昭和15年)11月13日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 紀元二千六百年輝く世紀の祝典  09:30
[2]2 チャプター2 御世を寿ぐ大奉祝会  08:44
[3]3 チャプター3 帝都は慶祝一色  01:17

チャプター

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公開日公開日: 1940年(昭和15年)11月13日

ニュース映像について

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《字幕》
「此号は紀元二千六百年式典を謹寫、謹輯したものであります
謹んで皆様と共に奉祝致します
社団法人 日本ニュース映画社」

昭和15年11月10日、国を挙げて待望の紀元2600年式典の佳き日、一億国民、歓喜のうちに輝く紀元を寿ぎまつる日は来ました。
悠久誠に2600年。昭和の御代(みよ)に生を受けた我ら一億が、あふれるばかりの感激もて迎えたこのよき年、よき日。紀元2600年式典はかしこくも天皇・皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ奉り、爽涼たる秋晴れのもと、旭日(きょくじつ)、燦(さん)として輝き、瑞気(ずいき)大内山に満ちあふれるこの日、宮城外苑広場にしつらえられた式典場において、いとも荘重、厳粛に行われ、かしこくも天皇陛下には、優渥(ゆうあく)なる勅語を賜いました。この日、光栄の参列者5万5000は威儀を正し、隊列を整えて朝8時より式典場各受付口より入場。
次いで、昇殿を差し許された重臣顕官ならびに外国使臣らは、それぞれ婦人同伴、式殿に参入いたしました。
かくて午前10時半、5万5000の全参列者、すでに所定の位置に整列を終わり、大内山の緑に浮かぶ式場は寂(せき)として声なく、ただ打ち震える感激のうちに天皇・皇后両陛下の臨御御待ち申し上げたのであります。天皇・皇后両陛下には、御同乗の略式自動車鹵簿(ろぼ)にて午前10時48分、宮城を御出門。二重橋正門から式場に着御あそばされ、天皇陛下には、近衛総理大臣の御先導にて式殿玉座に着かせ賜い、皇后陛下にも御座に着御あらせられました。このとき近衛総理大臣は開会の旨奏上のため、式殿正面南階段をくだり、玉砂利を踏みしめて式殿正面中央階(きざはし)前にしずしずと参進いたしました。

《近衛総理大臣》
「これより、紀元2600年祝典を開始いたします。」
<放送>
「最敬礼」

(一同、天皇・皇后両陛下に向かい、最敬礼)
(君が代斉唱)

次いで近衛総理大臣は、恭(うやうや)しく陛下の御前に参進。一億の民草を代表して、紀元2600年の寿詞(よごと)を奏上申し上げました。

《近衛総理大臣》
「臣文麿、謹みて申す。伏して惟(おもん)みるに、皇祖国を肇(はじ)め統を垂れ、皇孫をして八洲に君臨せしめ、たもうに神勅(しんちょく)をもってし、授くるに神器をもってしたもう。宝祚(ほうそ)の隆(さかえ)、天壌と窮(きわま)りなく、もって神武天皇の聖世に及ぶ。すなわち天業を恢弘(かいこう)して皇都を橿原(かしわら)に定め、宸極(しんきょく)に光登して、徳化を六合(りくごう)に敷き賜ひ。歴朝相承(う)けて、ますます天基を鞏(かた)くし、洪猷(こうゆう)を壮(さかん)にし、一系連綿、正に紀元2600年を迎ふ、国體(こくたい)の尊厳(そんごん)、万邦固(もと)より比類なし。皇謨(こうぼ)の宏遠、四海豈(あ)に匹儔(ひっちゅう)あらんや。」

(紀元2600年頌歌斉唱)
遠すめろぎのかしこくも
はじめ賜いしおお大和
天つ日嗣(ひつぎ)のつぎつぎに
御代(みよ)しろしめすとうとさよ
仰げば遠し皇国の
紀元は二千六百年

かくて11時25分、天にも届けと天皇陛下の万歳を奉唱しました。

「天皇陛下、万歳」
「万歳」「万歳」
(一同、最敬礼)
「これにて式典を終了いたします。」

《字幕》
「此号は紀元二千六百年式典を謹寫、謹輯したものであります
謹んで皆様と共に奉祝致します
社団法人 日本ニュース映画社」

【御代を寿ぐ大奉祝会】

昭和の聖代を彩る紀元2600年奉祝会は、歴史の一夜が開けた11月11日、再び天皇・皇后両陛下の臨御を仰ぎ奉り、宮城外苑、所も同じ大会場に盛大に挙行されました。簡素な参列席の卓上には、記念品と食饌(しょくせん)が、また式殿前中央には絢爛な舞台がしつらえられ、式場周囲の紅白のまん幕、秋の陽に映えて、奉祝気分はまさに絶頂であります。かくて一億の民草が、大歓喜に浸るこの日も大空は澄みわたり、感激の参加者5万5000は午後1時、会場に入場を終わる。かしこくも天皇・皇后両陛下には、前日と御同様、略式自動車鹵簿(ろぼ)にて午後1時48分、宮城を御出門。二重橋より式場に着御。高松宮殿下の御先導にて式殿に出御あらせられました。

(君が代斉唱)

参列の諸員、高らかに君が代を唱和し奉れば、総裁御代理・高松宮殿下には、奉祝詞を奏上あそばされる御為、玉座御前に御参進あそばされました。

《高松宮殿下》
「紀元2600年奉祝会総裁代理、臣宣仁、謹みて申す。伏して惟(おもん)みるに神武天皇皇祖の神勅(しんちょく)を奉じ、天壌無窮(てんじょうむきゅう)の宝祚(ほうそ)を践み賜いしより、列聖相承(あいう)けて、陛下の御宇(ぎょう)におよび、今年恰(あたか)も、紀元2600年に当れり。陛下その盛時に際し、特に宮中における紀元節の祭典を重くし、明詔(めいしょう)を発して、臣民率由の大道を示し、恩赦の令を下して遍(あまね)く仁沢(じんたく)を布き、また神宮山陵を親拝して、孝敬(こうけい)をのべ、陸海の軍容を親閲して士気を励まし給へり。聖慮深厚(せいりょしんこう)まことに惶懼(こうく)にたえず、臣等ここに令辰を卜(ぼく)し、恭しく天皇陛下、皇后陛下の臨御(りんぎょ)を仰ぎ、紀元2600年奉祝の会を行う。瑞雲靄靄(ずいうんあいあい)として宸闕(しんけつ)の上を繞(めぐ)り、和気洋洋として禁苑の外にあふる普天率土(ふてんそっと)手を額にし声を同じうして、この盛事を謳歌(おうか)せざるなし、顧みれば世界は今曠古(こうこ)の変局に臨めり、陛下武を異域に用いて東亜永遠の安定を冀図(きと)し、盟を友邦に結びて宇内(うだい)恒久の平和に寄与し給わんとす。聖謨(せいぼ)宏遠、洵(まこと)に感激にたえず、臣等和衷協同 皇猷(こうゆう)を賛襄(さんじょう)し、時艱(じかん)を匡済(しょうさい)し、もって天恩の万一に報い奉らんことを期す。臣等生を昭代にうけてこの昌期に遭(あ)い、歓天喜地の至りに勝うるなし、恭しく表を奉り、賀をのべもって聞(ぶん)す。臣宣仁謹みて申す。」

高松宮殿下の奉祝詞の御後、グルー・アメリカ大使の奉祝詞奏上に続いて祝宴は開かれ、奈良朝の昔もゆかしき舞人楽人が演じ奉る奉祝舞楽、悠久。

(奉祝舞楽の演じる様子)

高松宮殿下には、海軍御軍装も御凛々(りり)しく、舞楽台上に立たせ賜い、御力強くも天皇陛下の万歳を奉唱あそばされました。

《高松宮殿下》
「天皇陛下、万歳、万歳、万歳」
「万歳」「万歳」「万歳」
(最敬礼)

かくて10日、11日の2日間に渡る曠古(こうこ)の大聖典は、一億民草歓喜のうちにここに滞りなく終了。全参列諸員はこの聖代に生を受けた感激を強く胸に記して式場を退出。弥栄(いやさか)の式は燦爛(さんらん)として、緑濃き大内山に照り映えました。

元気に、朗らかに、一億の歓喜に爆発した奉祝の夜、宮城外苑のかがり火は悠久を思わせて消ゆることなく、大奉祝灯のもと、赤々と燃えるかがり火を慕い奉りて、奉祝の市民は幾万、幾十万。夜の帝都は提灯行列に、花電車に、ただ慶祝のひと色に塗りつぶされました。