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タイトルタイトル: 日本ニュース 第25号
公開日公開日: 1940年(昭和15年)11月26日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 元老西園寺公 薨去  02:09
[2]2 チャプター2 地方進出第一声大政翼賛運動  01:41
[3]3 チャプター3 愛馬愛国の報国二重奏  01:06
[4]4 チャプター4 前線の食料自給自足と華中診療列車<大陸通信>  01:30
[5]5 チャプター5 野戦自動車修理工場<大陸通信>  00:57
[6]6 チャプター6 ハンガリー国軍市中行進<枢軸同盟の凱歌洪、羅、ス三国参加>  00:37
[7]7 チャプター7 ルーマニアの閲兵<枢軸同盟の凱歌洪、羅、ス三国参加>  00:22
[8]8 チャプター8 スロバキア首相官邸<枢軸同盟の凱歌洪、羅、ス三国参加>  02:00

チャプター

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公開日公開日: 1940年(昭和15年)11月26日

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波静かなる清見潟のほとり、興津町坐漁荘に悠々自適の生活を送る西園寺公は、去る11月10日の夜、かりそめの風邪(ふうじゃ)に病臥(びょうが)して、ここに2週間、24日より疲労いよいよ加わり、興津の町は深き憂色に閉ざされました。この日、松平宮内大臣は憂いの色も濃く、坐漁荘の門をくぐり、続いて、かしこきあたりより御差遣の勅使、百武侍従長はありがたきおぼし召しを奉じて、老公を病床に見舞い、さらに続いて公私とも関係の深かった近衛総理大臣が暗然として坐漁荘に入りました。かくて公爵は勅使ならびに御使いに感泣いたしましたが、病勢はさらに改まり、同日午後9時54分、静かにその偉大なる生涯を終わりました。顧みれば長かりし92年。孝明、明治、大正、昭和の四朝に仕え奉り、日本の発展を記(しる)す老公の在りし日の姿。明治維新前、17、8歳頃。明治3年、22歳。文相時代、46歳。晩年の老公。
犬養内閣成立にあたって、駿河台の自邸から参内する西園寺公。その後、興津の別荘に俗人を避け、政変の度ごとに上京、御下問に奉答。昭和11年3月、未曽有の大事件に88歳の老躯(ろうく)をおして上京。これが帝都訪問、最後の姿であります。

全国的に活発な活動を始めた大政翼賛会では、11月20日の夜、大阪中央公会堂にその第一声をあげました。この夜、あいにくの雨にもかかわらず、新体制への激しい熱意を示す国民は、開場とともに場内をうずめ、しかもなお入場できぬ1000余の人々が場外に取り付けた拡声器に耳を傾けました。
この空前の盛況のうちに定刻、会は開かれ、星野顧問、有馬事務総長らこもごも立って熱弁をふるい、さらに中野常任総務も明治天皇の御言葉を引いて、臣道実践の烈々の弁をはきました。

≪中野常任総務≫
「一人も其所を得ざるものあれば、朕が罪なりと仰せられる。これ故に、朕自ら心身を労す。心骨を労す。体と骨を労し、心志(しんし)を苦しめ、心、志を苦しめ、自ら艱難(かんなん)の先に立つと仰せられた。(音声中断)です。臣道を実践せんとすれば、この大御心をよく味わわなければならぬ。億兆のうち一人の、所を得ざるものあれば、朕が罪だと仰せられたならば、日本国の政治を預かり、一人の失業者が増すときには、政治家の責任なりと考えることが臣道実践であると申す。」

古くから名馬の産地として知られた青森県の三本木町。この町を中心とする近郷近在8カ町村では、8500頭におよぶ馬を飼育し、大陸の戦線に幾多忠良なる無言の戦士を送り出し、愛馬報国の念に燃え立っています。
これは毎年秋に開かれる2歳馬の大競り市です。陸軍省、農林省などの係官も混じり、全国からおよそ1000人の買い入れ人が集まります。

(競り)

そして今年は、さらに売上代金の1割を債券で受け取り、この赤誠は積もり積もって20万円。銃後に開く愛馬愛国の二重奏であります。

前線から少し離れて、兵隊さんがお菓子屋さんを開業しました。まず、上手な手つきでパン粉をのばす。それから型をとり、釜にいれて焼きます。本職もはだしのみごとな手際をご覧ください。
おいしそうに焼き上がったパンやお菓子は、すぐ前線の戦友のもとへ送られるのですが、不公平のないよう、いちいちはかりにかけてから袋に入れます。
その隣はうどん屋さんです。材料はもちろん現地のものばかり。こうして内地に負けないくらい、一生懸命に自給自足に努めています。

大陸を驀進(ばくしん)する列車の響き。これは新しい建設に協力する華中鉄道の診療列車で、世界でも有名なくらい病気の多い支那の農村を巡り歩いて無料で診療を行っています。この温かい博愛の手は、至る所で大歓迎を受け、クーニャンの看護婦さんも新しい支那の建設を目指してかいがいしく立ち働いております。

前線で負傷したり、壊れたりした自動車がタンクに引かれて帰ってきます。どれも皆、大陸の山河を縦横に走り回って立派な働きをしたものばかりです。この野戦自動車修理工場では、大抵の故障は兵隊さんたちの手で完全に元通りに修繕されます。車輪の取り換え、エンジンの故障修理、車体の点検と兵隊さんたちはハンマーを握り、旋盤にかじりついて大活躍であります。
破損したタイヤも取り外して穴をふさいだり、修繕機にかけたりして、みごとに更生します。
こうしてすべてが生まれ変わったように、立派にできあがりました。さあ、明日からはまた前線へ。

高らかに鳴り渡る日独伊同盟の凱歌(がいか)。11月20日、ハンガリーの同盟参加に続いて、23日ルーマニア、翌24日スロバキアの参加調印を終わりました。
率先して同盟陣営に参加したハンガリアは、鉄血ホルティ摂政に率いられて早くよりナチスドイツと歩調を合わせ、前大戦に失ったルテニア、トランシルバニア等の旧領土を回復。全国民一致して国力の拡充に努め、世界正義の大道を驀進(ばくしん)する新鋭国家であります。

これに遅れること3日、バルカンの宝庫ルーマニアも三国同盟の列に加わる。由来、この国は久しく親英派によって国政を支配されてきましたが、世界情勢の変転とともに危急存亡の断崖に臨み、アントネスコ首相は断固国論を統一して三国同盟の大理想実現に協力を誓いました。

さらに翌日、枢軸同盟はバルカンの新興国家スロバキアを迎えて、英米はじめ旧体制国家群に大衝動を与えました。昨年3月、チェコスロバキア解体とともに独立国家として成立したスロバキアは、ツカ首相以下、全国民をあげて盟邦ドイツと協調、順調な発展を遂げつつあります。かくてスロバキアを加え、同盟国家じつに6カ国。世紀を圧する大進軍は開始されました。
この喜びに東京麻布のルーマニア公使館では、ソロンドール代理公使、ランドレスコ大佐らがヨーロッパ地図を前にして、はるかに祖国に思いを馳せました。
同じ東京麹町のハンガリー公使館は、激励と祝電の山にうずまり、会員一同、はち切れんばかりの喜び方で杯をあげて、新しき時代を担う盟友各国の将来を祝福しました。なお、ギガ公使は包みきれぬ感激に興奮しながら、三国同盟参加の喜びを語り、日本とより緊密なる親善関係を結んでアジアならびにヨーロッパの新しき秩序建設に協力し、世界平和のより速やかなる確立に誠心誠意邁進(まいしん)すべきことを力強く宣言しました。

(ギガ公使演説)