ホーム » ニュース映像 » ニュース映像 第30号

ニュース映像ニュース映像

ニュース映像一覧へ戻るニュース映像一覧

タイトルタイトル: 日本ニュース 第30号
公開日公開日: 1940年(昭和15年)12月27日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 謹みて皆様と共に紀元二千六百一年の輝く新春を寿ぎます  02:30
[2]2 チャプター2 東條陸相中支視察  00:54
[3]3 チャプター3 威海衛砲艇隊歴史的譲渡式  00:46
[4]4 チャプター4 出雲艦上の新年<大陸通信>  02:04
[5]5 チャプター5 北支戦線の勇士<大陸通信>  00:41
[6]6 チャプター6 仏印の駐屯部隊<大陸通信>  00:50
[7]7 チャプター7 凱歌南支を圧す陸鷲暁の出動  01:40

チャプター

1
2
3
4
5
6
7
公開日公開日: 1940年(昭和15年)12月27日

ニュース映像について

再生テキスト再生テキスト

≪字幕≫
謹みて皆様と共に紀元二千六百一年の輝く新春を壽ぎます
社団法人 日本ニュース映画社

(合唱)
年のはじめのためしとて
終わりなき世のめでたさを
松竹(まつたけ)たてて門(かど)ごとに
祝う今日こそ楽しけれ

初日の光差し出でて
四方(よも)に輝く今朝の空
君が御影(みかげ)にたぐえつつ
仰ぎ見るこそ尊けれ

現地派遣軍将兵を激励し、あわせて国民政府要人と懇談を遂げるため、大陸に渡った東條陸軍大臣は12月21日南京より上海に到着。直ちに大場鎮彰忠塔に参拝。江南の野に花と散った母国の英霊に心からなる黙祷(もくとう)を捧(ささ)げました。
さらに東條陸相はこの日午後、事変以来、砲煙弾雨のうちに赫々たる武勲を立てた軍艦・出雲を訪問し、嶋田支那方面艦隊司令長官と艦上において、事変処理に関して、隔意なき会談を遂げました。

我が海軍が育てあげた北支特別砲艇隊、並びに砲艦・永翔を国民政府海軍部に引き渡す譲渡式は、清水北支海軍最高指揮官参列の上、12月13日威海衛劉公島(いかいえいりゅうこうとう)において行われ、中国旗は我が軍艦旗に代わってするすると掲げられ、同時に北支特別砲艇隊本部の門札は、威海衛海軍要港部と替えられました。
かくてここに、新中国海軍生誕の基礎は支那民衆、喜びのうちに固く築かれたのであります。

遠く北はソ満国境から南は常夏の仏印まで、民族の合唱が大陸の師走を奏で、吹雪く前線に、また椰子の葉陰に銃持つ勇士たちの顔は明るい。輝ける世紀の朝明けが東亜共栄圏にやって来る。輝ける2601年の春がやって来るのだ。大陸に四度目の春待つ準備は、まず軍艦・出雲の迎春飾り付けに始まります。
中支前線でも残敵を前にして春を迎える準備に忙しい。
こんなにたくさんお餅や松をもらってはすまんと思う。俺たちのお正月はまさしく豪華版だ。敵が長期戦を叫ぶなら、俺たちは何回でも大陸でお正月を迎えてやるぞと、笑いながらの餅つきであります。
お雑煮の準備もできました。今年も立派にご奉公ができたが、来たるべき新しい年にも、それ以上に立派な働きを無事長らえて努めようと、感謝と希望に満ちた嬉しい年越しのうどん。
転戦また転戦で、寸暇も無かった勇士たちも、春を控えての身だしなみであります。小春の日を浴びて朗らかな笑顔が並んでいます。

朔風吹きすさぶ北支戦線には、しのびよる春の足音をよそに、白皚皚(はくがいがい)たる雪を踏んで、夜も昼も厳重な警戒の目が張られています。
歩哨の合間、わずかに許された団らんのひと時、勇士たちの開く慰問袋からは内地の香りも高い羽子板。手に取る勇士の厳(いか)めしい顔も、近づく春の気配に、思わずほころびるのでありました。

椰子の葉茂る常夏の国・仏印に、天幕を連ねて駐屯する航空部隊の勇士たちも、輝ける世紀の黎明(れいめい)を控えて、晴れの装いに余念がありません。
かつて北も南も大陸に、我が勇士たちの行くところ、大東亜建設を寿ぐ民族協和の合唱は奏でられ、銃持つ兵(つわもの)たちの顔はお正月を控えて、明るく輝くのでありました。

大陸の野に戦いは続けられています。蒋介石軍が抗日を続ける限り、戦場には師走もなければ、正月もありません。我が丸田部隊の荒鷲は今日もまた暁闇を衝いて勇躍出動。大陸の空を縦横に飛んで、聖戦完遂に邁進(まいしん)するのであります。

解説解説

 【1番目、謹みて皆様と共に紀元二千六百一年の輝く新春を寿ぎます】
翌年の「歌会始」の御題が「漁村曙」であったことから、洋上の日の出や、出漁する漁船、漁村の風景などをつづっている。
 【2番目、東條陸相中支視察】
中国大陸に渡った東條英機陸相は、21日に南京から上海に到着、現地を視察、嶋田繁太郎支那方面艦隊司令長官と会談した。嶋田は後に東條内閣の海軍大臣となり開戦を迎える。戦後、A級戦犯として終身刑となる。
 【3番目、威海衛砲艇隊 歴史的讓渡式】
北支特別砲艇隊を国民政府(汪兆銘政権)海軍部に引き渡す譲渡式が12月13日、威海衛の劉公島(リュウコウトウ)で行なわれた。「北支特別砲艇隊本部」の門札は「威海衛海軍要港部」と変えられた。