ホーム » ニュース映像 » ニュース映像 第138号

ニュース映像ニュース映像

ニュース映像一覧へ戻るニュース映像一覧

タイトルタイトル: 日本ニュース 第138号
公開日公開日: 1943年(昭和18年)1月26日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 高松宮殿下御台臨 神宮氷上大会  02:30
[2]2 チャプター2 歓びの半島青年志願兵検査  00:59
[3]3 チャプター3 新しきジャワ青年工作学校  01:25
[4]4 チャプター4 明治の邦人が築いたマニラ~パギオ道路<共栄圏便り>  01:15
[5]5 チャプター5 仏印の正月水泳大会と日本製品見本市<共栄圏便り>  01:17
[6]6 チャプター6 ジャワで新アジア誕生を祝う興亜祭<共栄圏便り>  01:21
[7]7 チャプター7 仏印 支那国境重慶府を探る  02:05

チャプター

1
2
3
4
5
6
7
公開日公開日: 1943年(昭和18年)1月26日

ニュース映像について

再生テキスト再生テキスト

第十三回、明治神宮国民練成大会冬季大会氷上競技は、朝日に照り映える聖恩の旗を仰いで、1月20日群馬県榛名湖に開催されました。

かしこくも高松宮殿下には、大会最終日の24日会場に台臨(たいりん)あそばされ、全国8地区の代表274名の感激もひとしお。

天候に恵まれて氷の状態もすこぶるよく、真摯敢闘(しんしかんとう)、多くの日本新記録が樹立されたのであります。

本大会、初の試みである「団体耐久競争」は5名1組、各々(おのおの)5キロの重量を背負って湖いっぱいに作られた滑走路を6周。

15000メートルの長距離を滑走。

参加者の気迫は、そのまま戦場の気迫となって、多大の成果をおさめたのであります。

半島に特別志願兵制度発布せられて既に、6年。

いよいよ明年からは半島2400万同胞に対し、待望の徴兵令がしかれます。

この広大無辺の聖恩にこたえ奉るべく、烈々の決意を胸に秘めた半島の若人は、今年も光輝ある志願兵制度最後の選考検査を受けるため、各地からぞくぞく帝都に参集。

こぞって米英撃滅の第一線に挺身(ていしん)することになりました。

《検査官》
「身体検査の結果、甲種合格!」

轟々(ごうごう)たる工作機械の響き。

ここはジャワに新しく開かれた工作学校です。

旧オランダ政府は彼等(ら)の植民政策から、今まで原住民を一切の教育機関から閉め出してきましたが、日本の統治以来、ぞくぞく各種の学校が開設されています。

厳格な先生でもあり、また優しい兄さんでもある兵隊さんから訓練を受ける、このジャワの青年たちは「大東亜の次の時代は僕等(ら)の手で」と、一心不乱の練成のかいがあってか、成績は上々と、指導にあたる兵隊さんをいたく喜ばせています。

《兵隊さん》
「主軸。」「主軸受け、メタル。」「あとはベアリング。次に締め付けボルト。」

フィリピンの夏の首都と言われる避暑地パギオの町外れに、日本人の眠る地があります。

この同胞たちは明治38年にできあがった、マニラとパギオを結ぶベンゲット道路の工事に従事して、不幸あけゆきや事故でフィリピンの土となったのであります。

この立派な観光道路も当時は有名な難工事で、比島人や支那、クーリーでは少しもはかどらず、はるばる海を越えて招かれた日本人の力を待って初めて、完成されたものであります。

この工事を終えてから、比島永住を希望した人たちがミンダナオ島に渡り、有名なマニラ麻の開拓という偉業をなしとげたのであります。

内地では綿入れの季節というのに、これはまた涼しい風景。

お正月に行われたサイゴン駐屯の各部隊合同水泳大会です。

「さあ、泳ぎ初めだ」とばかりに、兵隊さんたちは灼熱(しゃくねつ)の太陽の下で元気にお正月を迎えました。

同じく、サイゴンからのお便り。

今、サイゴンでは日仏両国共同主催の見本市博覧会が開かれています。

大東亜戦争以前とはうってかわって、両国の物資は豊富に、円滑に交流されています。

会場にところ狭しと並べられた精巧な日本商品を目の当たりに見て、仏印の人々は戦う日本のたくましい底力に、今さらのごとく驚嘆しています。

ジャワのジャカルタでは新しいアジアの誕生を喜び、またジャワの希望に満ちた前途を祝して、このほど軍官民うちそろって盛大な興亜祭を行い、共栄の喜びを分かち合いました。

日の丸の旗は町々に氾濫する。この住民たちの明るい、朗らかな顔をご覧下さい。

この日、第一の呼び物は相撲大会。

行司は兵隊さん。ジャカルタの双葉や安藝も飛び出して、楽しい一日を過ごしました。

仏印と支那の国境地方は文化から遠く離れ、世界にもほとんど知られていない辺境であります。

世界情勢の変転の波は、こうした奥地にまでも及んできました。

奇岩突兀(とっこつ)たる南支那特有の山々に対峙(たいじ)して、白い仏印の国境監視所が建っています。

ここは仏印の最北部、重慶府と呼ばれる部落で、冬は亜熱帯とは思われぬくらい寒いところであります。

支那奥地の物資欠乏から、住民達は国境を越えて、この部落に生活品を求めて集まって来るのであります。

貨幣の両替所もなかなかせわしく、山と積まれた支那の銅貨が仏印の紙幣に替えられ、これで品物を買う人たちで露天市場は賑わっています。

こうしたなかにも、今は袋のねずみとなった蒋政権が米英の仏領アフリカ侵犯を真似て、北部仏印侵入の宣伝をするなど、この仏印奥地の寒村にも一脈の緊張感が漂っています。