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タイトルタイトル: 日本ニュース 第174号
公開日公開日: 1943年(昭和18年)10月5日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 ラウレル氏一行訪日  03:35
[2]2 チャプター2 山崎部隊 合同慰霊祭  03:56
[3]3 チャプター3 ニューギニア戦線  02:39

チャプター

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公開日公開日: 1943年(昭和18年)10月5日

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比島独立準備委員長ラウレル氏、同委員バルガス氏、同じくアキノ氏は、帝国政府の招きにより、我が政府要路と独立に関する懇談のため、9月30日、日本を訪問。羽田にその第1歩を印しました。出迎えの天羽情報局総裁、富永陸軍、沢本海軍、松本外務、山本大東亜、各次官らの出迎えを受け、固き握手を交わしたる後、制服に身を固めた比島特別留学生の出迎えを受けて、懐かしの対面を行いました。翌10月1日(いちじつ)、かしこきあたりでは、ラウレル氏、バルガス氏、アキノ氏が、我が比島占領以来、我が方に協力せる功績を思し召され、ラウレル、バルガス両氏に対しては勲一等旭日大綬章、アキノ氏には勲二等瑞宝章贈与のご沙汰(さた)あらせられ、宿舎迎賓館においてその伝達式が行われました。さらに同日午後、3氏は首相官邸に東條首相を訪問。重光外相、青木大東亜相、星野書記官長らも同席の上、種々重要なる懇談を遂げました。
翌10月2日、ラウレル、バルガス、アキノの3氏は、我が皇室に敬意を表し奉るため、威儀を正して宮中に参内。天皇陛下に謁見仰せ付けられました。ラウレル氏は宿舎迎賓館において、この御親閲に感激の謹話を発表。また、記者団と会見。熱烈の気迫のうちに独立の抱負を語りました。「私は私が比島人たることを誇っている。全ての東洋人は、東洋人たるの自覚に徹しなければならん。欧米は東亜を分割し、搾取し、物質文明によって東亜を腐敗せしめんとした。私は個人のうちに潜むこの物質文明を排除して、東洋人たる精神主義を鼓吹(こすい)するものである」と、語気鋭く大東亜の一環として立ち上がらんとする比島の決意を述べました。

秋雨しとど降りしきる9月28日、命を捨てて益荒男(ますらお)が、島弧北辺の果て、前線アッツ島に全員玉砕を遂げ、かしこくも武勲天聴に達したる光栄の軍神部隊、故陸軍中将従四位・勲三等、山崎保代以下2500余柱の英霊は、沿道に堵列(とれつ)する市民、寂として声なく、誓って遺烈受け継がん決意に粛然として襟を正す中を、北部軍司令部より札幌市中島公園に設えられたる合同慰霊祭式場に、粛々と進む。
明くれば29日、北部軍司令官主催のもと、厳かなる式典執り行わせらる。かしこくも天皇皇后両陛下よりご下賜の祭祀料(さいしりょう)、白一色の祭壇にひときわ映えて、祭祀者英霊の大前に進み、祭文を奏す。
「祭文。これとき昭和18年9月29日、北部軍司令官樋口季一郎、謹みて山崎部隊将士の英霊に告ぐ。顧みるに諸子はアッツ島奇襲占領以来、在キスカ島主力部隊とともに、北方第一線の防衛に任じ、敵の皇国本土侵襲企図を封殺し、優勢なる敵勢力をけん制し、同時に国土北辺の戦備強化を援護し、もって大東亜戦争全局の進展に至大の貢献をいたせり。」
祭祀者、玉串(たまぐし)拝礼。故山崎中将未亡人。
「遺族全員拝礼。」
在天の英霊よ、願わくば永久(とこしえ)に神鎮まり賜え。我ら一億、誓ってこの遺烈受け継がん。

見よ、焦燥せる敵盲爆の跡を。ニューギニアの最前線に展開される日米の凄愴(せいそう)極まる戦いは、日ごとに熾烈(しれつ)の度を加えつつある。今、対日総反攻を世界に呼号するアメリカが、その広大なる生産力を総動員して我に決戦を挑み、おびただしき飛行機と弾薬の量をここに集中。ジャングルも家屋も、地上の全てを粉砕し尽くさんとする敵の企図、また侮り難きものがある。しかも、我が第一線の将兵の熾烈(しれつ)なる戦闘精神は、その想像に絶する悪疫瘴癘(しょうれい)の地に、あらゆる困難と闘いながら、日夜積極果敢なる攻撃を続行。凄絶(せいぜつ)極まりない死の決戦を戦っているのだ。
千古の密林を踏み分けて、敵陣深く挺身(ていしん)。不屈の闘志に燃えて力闘する前線将兵の勇戦奮闘の跡を見るとき、我ら国民は全てを捧(ささ)げて、一機でも多くの飛行機を、一発でも多くの弾丸を、前線に送らねばならん。今こそ一億国民、一致協力。戦力増強のために総決起の時である。