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タイトルタイトル: 日本ニュース 第181号
公開日公開日: 1943年(昭和18年)11月22日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 大東亜建設譜  02:38
[2]2 チャプター2 ジャワ<大東亜建設譜>  01:11
[3]3 チャプター3 セレベス<大東亜建設譜>  01:25
[4]4 チャプター4 ビルマ<大東亜建設譜>  00:11
[5]5 チャプター5 マライ<大東亜建設譜>  03:44

チャプター

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公開日公開日: 1943年(昭和18年)11月22日

ニュース映像について

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新しきアジア建設のための総言論戦を議する大東亜新聞大会はアジア6か国および7つの地域の新聞代表85名を迎えて、11月17日東京都に開催され、劈頭(へきとう)、天羽情報局総裁は次のごとく挨拶いたしました。

≪天羽情報局総裁≫
「我が東亜人は彼等(かれら)米英の(音声中断)の勢力を通信報道の上においても完全に(音声中断)東亜の事実は東亜人の手によって報道せられ、東亜人の主張は直接東亜人によって東亜に、そして世界に伝えられ、また外国の報道も東亜人の目をもって見たもの、東亜人の手によって集められたものが新聞に掲載され、東亜の各方面に伝えられることころとなり、ここに初めて完全な東亜人の手による東亜の新聞を持つことができたのであります。」

翌第2日、日本代表緒方竹虎氏立って、挨拶を行いました。

<緒方竹虎氏>
「全国54の新聞が今日、米英撃滅の思想戦に邁進(まいしん)しておるのであります。今や東亜の興亡を賭する大東亜戦争を戦うにあたり、親愛なる大東亜の新聞代表諸君、我々は深く自ら新聞に(音声中断)その責任とを自覚いたしまして、世界の正義のため、大東亜100年のために忠勇なる陸海の戦士と同じく前線に立ち、静観をしせざる態(てい)の覚悟を頼むべきではありませんか。」

新ジャワ建設に巨歩を進める第1回中央参議院はジャワ5000万民衆の歓呼と期待のうちに10月15日、召集されました。この日、43名の参議は威儀(いぎ)を正して、軍司令官官邸に参集。陸軍最高指揮官臨席のもとに、厳かに宣誓式を挙行いたしました。
かくて、帝国の道義的方針に基づくジャワ原住民政治参与はここに出現。現地住民の一切を挙げて、戦争完遂に捧(ささ)げることになったのであります。
この光栄と栄誉に対し、全ジャワ民衆を代表して謝意を表するため、中央参議院議長スカルノ氏の一行は11月13日、空路羽田着。15日、東條首相を官邸に訪問。来朝の挨拶を行った後、種々懇談を遂げました。

土木事業にかけては自他ともに許していたオランダ人が幾度か計画しながらも、ついに実現し得なかったセレベス島の南北を結ぶ一大道路が、今、日本の指導によって着々と進められています。
悪疫(あくえき)の巣窟(そうくつ)、大密林も、延々と続く岩石の谷も、力強い建設の歩みを阻む事は出来ない。終始陣頭にあって敢闘する我が指導者の熱意に導かれて、住民たちも今は勤労の汗の尊さを知り、挺身(ていしん)協力を続けている。
かくて、さしもの難事業も予想外の進捗ぶりを示し、ここセレベスの奥地にたくましい共栄の喜びが染み渡ってゆく日も、遠くはないことでしょう。

(音声中断)に揺らぐ細明かりは、いっそう戦う国、ビルマの決意を示して、力強くもまた美しいものであります。

思えば一昨年12月8日、タイ領シンゴラに上陸せる皇軍を阻んで、マライ作戦最初の激戦が行われたジットラの戦跡。今なお英軍の敗戦の面影をとどめるケダー州に我が軍政が敷かれてより1年8か月、ここに住む東亜人の生活よ安かれと、我が治世は温かく、産業、文化の進展も目覚ましいものがあったのであります。

紛争は(音声中断)。

住民生活のうちに深く注がれて、あるときは水田に日本式稲作の方法を教え、巡視の際には車を停めて住民の手のひらを調べ、まめの多い者、よく働いた者へ手ずから褒美を与えるなど、住民は心からその情けになつき、英領時代には思いもよらぬ指導者の熱い心を初めて知ったのであります。
東亜共栄の大いなる理想は34年前、この土地をイギリスに強奪されたタイ国へ再び編入することとなり、去る8月20日、日タイ間に条約が結ばれたのであります。日本の統治より離れて、新しくタイ国に入る住民たちは、長官とのお別れに際し、いじらしいはなむけとして子どもたちの習い覚えた舞踊を、長官の前に捧(ささ)げたのであります。見守る長官の感慨はどのように深く、住民の母の胸もどのように痛んだことでしょう。
10月18日、軍政終止の日、アロスターのケダー州政庁において、日本側助川長官、タイ国側ガモン少将との間に引き渡し調印式が行われました。
引き続き、政庁前広場において日本軍政終止告別式が行われ、助川長官は原住民を前に「明日よりは新しきタイ領となるも、君たちの東亜人たることに変わりはない。我々は共々、東亜共栄の楽土建設にいよいよ邁進(まいしん)せねばならない」と、切々たる別れの訓示を行いました。

8月20日の日タイ条約はシャン連藩の2州とともに、マライのケランタン、トレンガヌ、ケダー、ペルリスの4州を新たにタイ国領土に加えることを約したのであります。軍政終止式の行われたその翌日、タイ国国軍は車両を連ねて新しき領土に進駐し、東亜共栄の諸国家、諸民族の結集体制はここにいよいよ強化され、米英の乱発する有名無実の諸条約を尻目に、我が大いなる共栄の理想は着々その成果を挙げていくのであります。