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タイトル 日本ニュース 戦後編 第31号
公開日 1946年(昭和21年)8月15日 ニュース映像について

チャプター

[1] チャプター1 あれから一年  00:48
[2] チャプター2 東京裁判  01:03
[3] チャプター3 各都市は復興したか 投稿者-神戸市 今井久幸さん<みなさんの声>  01:42
[4] チャプター4 スポーツ 都市対抗野球  00:55
[5] チャプター5 当時の首相 鈴木貫太郎氏 -千葉<時の話題>  00:40
[6] チャプター6 グルカ兵 宮城警備 -東京<時の話題>  00:31
[7] チャプター7 一年目の労働戦線  02:23

再生テキスト

昨年8月15日、日本は無条件降伏。ここに太平洋戦争の幕は閉じられました。
あれから1年。連合軍の占領下、マッカーサー最高司令官の下に、日本の古きものは急速に新しきものと交代しつつあります。

昨年の8月15日まで古き日本を支配した戦争責任者たちは、今、運命の審判を受けています。
8月1日からの法廷には、証人として元奉天領事、森島守人氏、アメリカ新聞記者パウエル氏らに続いて7日には元参謀次長、多田駿氏が証人として現れ、満州侵略から支那事変に至る軍中央部の内面を初めて明るみに出しました。

《森島元奉天領事》
《パウエル氏》
《多田駿元大将》
終戦後1年の被告たちは、どんな感懐でこれらの証言を聞いているでしょうか。

「私は、日本政府と申しますと、お答えは難しいかもしれませんが、政府の部内に反対の意見を抱いておった方があると聞いております。」

(-広島-)
広島。原子爆弾の落ちたあたりの復興はまだまだですが、あれから1年、住宅はだいぶ出来ました。心配されていた家庭菜園の野菜も出来がよいとのことです。

(-大阪-)
大阪。駅前から市内の中心地帯にかけて一応復興して、焼け跡もどうやら見えません。しかも、さすが商業の都だけあって、闇市の繁盛ぶりも全国一。
と思われていたところ、こればかりは8月1日、5000の警官を動員しての閉鎖に、たちまち静粛になりました。

(-京都-)
京都。戦災を受けなかっただけに、きれいどころを動員して、昔に変わらぬのんびりした七夕祭り。

(-東京-)
東京。表玄関東京駅の化粧がえ。進駐軍MPの交通整理で銀座は大変な人出。ただしこれは表っ側だけです。日本橋もきれいになりました。
浅草仲見世。
六区。表面のにぎやかさに比べ、住宅の復興はまだまだ。かなたに白い議事堂だけが目立っています。

昭和17年以来、足掛け4年ぶりに開かれた社会人野球の最高峰、毎日新聞社主催第17回都市対抗野球大会は、8月3日薄曇りの後楽園球場で午前11時入場式開始。各代表の入場式はここにまったく終わりました。
8月3日から始まった都市対抗野球は、9日ついに決勝戦に入り、桐生対岐阜が相まみえました。
4回の裏、岐阜の攻撃。桐生のキャッチャー稲川、球を落として、國枝、最初のホームイン。
9回の裏。ランナー1塁3塁。桐生の皆川、惜しくも三振、挽回ならず。結局、今年は3対0で岐阜が優勝しました。

《鈴木貫太郎》
「昨年、今の、いわゆる終戦のときに当たりまして、われは敗軍の将である。ただいま郷里に帰って、畑を相手にいたして生活しております。」

かつてのビルマ戦線の花形、グルカ兵が最近宮城を守備しています。その交代式。身長は5尺足らずですが、その精悍さは広く知られております。アイケルバーガー中将の顔も見えます。

国有鉄道の労働組合では、青少年、婦人7万5000名の首切りに絶対反対を唱えて、8月5日午後1時、一斉に汽笛を鳴らして気勢を上げました。

(汽笛)

九州三菱炭鉱では、16歳以上に飢餓突破資金を500円欲しい、そのほかの要求を引っ下げて会社側に迫りましたが決裂。7月31日ゼネストに入りました。
6日目の8月5日午前2時、組合側が一歩譲って解決。石炭の増産に乗り出しました。組合側では石炭の重要性を考えて、涙をのんで譲ったのだと言っております。

茨城県高萩炭鉱では、団体協約権についての会社側の回答が約束の7月31日になっても来ないので、8月1日、組合はゼネストを決行。まだ解決がつかず、加配米を止められた家族も組合と結束してストライキは続いております。
この1年間、労働者の生活を守るための組合活動は著しい発展を示しています。
こうして闘争を続ける一方、自分たちの教養を高くするために学校を作って勉強する組合が多くなりました。
演劇グループを作って研究しているところもあります。
洋裁も自分たちが先生を呼んで教わっています。

(♪滝廉太郎『春』、「春のうららの隅田川・・」以下1番)

音楽もなかなか上手になっています。
このように文化の吸収に努め、ここ1年の進歩は目ざましいものが感じられます。

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