ホーム » ニュース映像 » ニュース映像 戦後編 第73号

ニュース映像ニュース映像

ニュース映像一覧へ戻るニュース映像一覧

タイトルタイトル: 日本ニュース 戦後編 第73号
公開日公開日: 1947年(昭和22年)6月3日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 六月の声  01:22
[2]2 チャプター2 慶応義塾九十年祭  00:56
[3]3 チャプター3 今週の東京裁判  00:40
[4]4 チャプター4 関西学生ボクシング 西宮<スポーツ>  00:41
[5]5 チャプター5 六大学野球 慶明二回戦 東京<スポーツ>  00:39
[6]6 チャプター6 いわし大漁<時の話題>  00:31
[7]7 チャプター7 名人にいどむ塚田八段 東京<時の話題>  00:35
[8]8 チャプター8 千年前のらくがき発見 奈良・法隆寺<時の話題>  00:36
[9]9 チャプター9 政変大詰に近づく  02:25

チャプター

1
2
3
4
5
6
7
8
9
公開日公開日: 1947年(昭和22年)6月3日

ニュース映像について

再生テキスト再生テキスト

(上高地)
梓川の雪解けの水もぬるみ、アルプス登山が始まりました。

(北海道)
北海道にも初夏が訪れました。

(千葉)
水郷で名高い千葉県の佐原ではもう田植えが始まっています。

(東京)
東京の焼け跡には麦が実り、婦人警官の夏帽子が目立ちます。
今月から主食は持ち込み配給になりましたが、ただ残念ながら遅配が続いています。

福沢諭吉翁が安政5年慶応義塾を開いてから今年で90年。「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ」に始まる有名な『学問のススメ』などの著書によって明治初年すでに民主主義思想を主張。明治8年には日本で初めての公衆のための演説館を建てました。この創立90周年を記念して、慶応義塾大学では5月20日、記念式典を挙行、天皇陛下がお見えになりましたが、私立大学へは今度が初めてです。

5月22日、東京第一病院で影佐元中将に対する出張尋問が行なわれ、汪兆銘かつぎ出しのいきさつが明らかにされました。
市ヶ谷の法廷では5月27日、証人荻洲[立兵]元中将に対し、ソ連側スミルノフ検事はノモンハン事件について地図を片手に鋭く追及しました。

5月27日、西宮で行なわれた第1回関西学生ボクシングトーナメント、ものすごい肉弾戦の末、関西学院大学と関西大学が勝ち残りました。

5月28日、東京後楽園スタジアム、慶明第2回戦。第1回、明治2点、さらに2回、2点を追加。慶応、第5回、山村のレフトフライで高橋ホームイン、1点を返します。しかし、ついに及ばず4対1で明治の雪辱がなりました。

もと要塞地帯であった三崎港から夜中の2時に出ていった漁船は1日のいわしの漁獲高1万貫。ただし、これは人間の口へは入らず、まぐろやかつお漁のえさとして冷凍倉庫へしまい込まれます。

5月27日、棋界注視のうちに、10年間不敗を誇る木村[義雄]名人対塚田[正夫]8段の名人決定第7回戦が東京中野で行なわれました。盤上殺気をはらむ熱戦の末、ついに千日手となり、さし直しとなりました。

戦争中、爆撃を恐れて解体されていた奈良・法隆寺の国宝、聖霊院などが再建されることになり、5月24日上棟式が行なわれました。天井板を調べた結果、およそ1000年前の落書きが発見されて注目を集めています。

5月23日夜になって国会は総理大臣に社会党・片山哲氏を指名しました。

《議長》
「片山哲君を内閣総理大臣に指名することにご異議ありませぬか」
 (「異議なし」という声)
「ご異議なしと認めます」

《片山新首相》
「私は国民大衆諸君のご支持によりまして、本日内閣総理大臣となりました。日本の再建のために、民族的危機を突破するために、渾身の勇を払って闘いたいと思うのであります」

翌日、社会党・西尾、水谷両氏がうれしそうな顔で首相官邸へやってきます。各新聞写真班の苦心惨憺ぶりを尻目に、中では組閣参謀が熟議の最中。折から食肉組合の牛を連れてのデモが組閣本部の前を通りかかりました。その牛の歩みにも似てきわめてのろい組閣工作は依然難航。26日には吉田、芦田、片山の4党連立に関する3党首会談。自由、民主両保守政党の複雑な内部事情と、社会党左派問題をめぐって、組閣は暗礁に乗り上げたままです。組閣の駆け引きや意見の交換で、自由、民主両党間の往来が盛んです。自由党は相変わらず強硬に野党にまわる決意を固めています。

《西尾末広》
「連立内閣の中に自由党を包含することはほとんど絶望的である」

一方、秘密会を重ねている民主党の態度は、29日にいたってもまだ決まりません。さらにこの日、芦田、幣原、斎藤氏らと片山首相会談。どうやら3党連立になりそうな気配のまま夜に入りました。