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タイトルタイトル: 「飢えと病が命を奪っていく」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 中国大陸打通 苦しみの行軍1500キロ ~静岡県・歩兵第34連隊~
名前名前: 平松 代四雄さん(静岡・歩兵第34連隊 戦地戦地: 中華民国(信陽、茶陵、零陵、桂林、柳州)  収録年月日収録年月日: 2007年7月23日

チャプター

[1]1 チャプター1 過酷な行軍  04:04
[2]2 チャプター2 「眠りながら歩いた」  01:52
[3]3 チャプター3 追いつかない補給  05:56
[4]4 チャプター4 何のために闘ったのか  02:12

チャプター

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中国は非常に道が悪くてね、ほんの1本道っていうんですか、それで馬が大変だったと思います。それで、まあ馬というのは、水をくれにゃすぐ、センツウというんですか、病気にかかります。休憩とすぐ、そこにいる川とか池に行って汲んでこなければ。ところが、高い山の上で休憩になった場合に、下が、100m下の沢まで降りてって、やらにゃならんという、こういうような苦労があったと思います。それから食料、馬の食料も集めてこにゃあならんという、というようなことで大変だったと思います。

道は非常に悪くてね。そして大体、田んぼのあぜ道よりちょっと広い程度の、こういううねうねしたようなところが多かったわけですがね。そして、石畳を敷いてあるということで、よく馬が落鉄といいますか、馬はこの足にかなぐつ輪をはめている。それが落ちるんですよ、よく。そうすると蹄鉄兵という方が、その、落鉄したのをすぐこう、馬の足へはめるわけですがね、それも大変です。やっている間に皆さんどんどん、どんどん行っちゃうから。直しておいて、そして皆さんに追いつかなければならないと。こういう方も非常に大変だと思いますがね。馬も疲れておる。丈夫だと思いますが、丈夫なように見えますが、やはり疲れて、ひどい時には谷底へ落ちちゃうんですね、馬が。

足へやると、あと持ち上がるにも大変な力、力が要って、へとへとになって倒れる人がたくさんあったですね。


(馬が)田んぼへ、田んぼへも落ちたし、山から下の崖下に落ちたということもありますね。もう黎明関の時なんか、レイハへ入って反転して、向こう作戦が終了で、反転してきた時に、十数頭の馬が落ちておりました、谷底へ。そして足がもう折れているんですね。我々の、部隊が通ると軍馬が、馬がおりますから、その仲間が通るものですから、ヒヒーンと鳴いちゃあ、それからこう、ビッコビッコ、足が折れていますから、悲しそうな声で鳴いているんですね。本当に気の毒でありました。

皆さん、ほとんど、夜の行軍が多いものですから。みんな、眠りながら歩いているというか、歩きながら眠っているとか、まあ、そういう状態で進んだのですね。そいで、敵が来るとはっと、目が覚めて、精がついてそれから戦闘になると。こういう状態ばっかだったです、ほとんど。特に、湘桂作戦の場合は、飛行機が。アメリカ軍の飛行機が昼間は来るものですから、昼間ももちろん行軍しましたが、夜の行軍が多かったですね。もう、ふらふらしながら、眠くて眠くて歩いていきました。

田んぼの中に、ああ、そうですね。田んぼの中に入ったこともありますよ。眠かったり田んぼの中に落たりね、泥だらけになっちゃったということもありましたね。私はそういうことはないですが、中には、ぼちゃんと落ちて、誰かまた落ちたと。それで助けをよこすと、そういうこともあります。

月が出ると、田んぼが白くこう、なるもんで、白く光るわけですがね。そっちが道じゃないかと思って、よろよろと行って、田んぼの中に落ちて泥だらけになっちゃうと。こういうなこともある。

山の上から撃ってくると。それから、すぐ左側の部落へ敵が入って、そこから撃ってくるとか。もう、大変な目にあいました。とてもその道路を直すとか、橋を架け替えるとか、そういうような仕事はとてもできない。やることができませんでした。

物資不足というんですか、後方からのあの、輸送がないものですから。特に医薬品、これがなくて、初めの頃は、まあ多少よかったでしょうが。特に黎明関なんか行った時あたりは、負傷しても、赤チンかヨーチンを塗る程度と、こういうことで。それから、私の戦友が足を負傷したわけですが。ガス壊疽になってここが真っ黒くなっちゃった、ひざから下が。それを担架でもちろん担がれていったんですが、麻酔薬がないというわけで。麻酔薬なしで、足をこっから切っちゃったんですね。そして戦後も戦友会、その方は、松葉杖で戦友会も出てくださってね。そういうようなひどい状態で。

とにかく夜はほとんど、よっぴといい、徹夜で行軍。そして、休憩の時に道へひっくり返って寝入ってしまう。屋根の下で寝たことはほとんどないですがね。雨が降ろうと、雪が降ろうと、泥だらけの道路へ寝て熟睡をすると。そしてみんなが出発すると「おおっう」と起き上がって、跳びながら後をついていくと、こういう状態ですわね。病気も多かったですね。夏なんかは炎天で、炎天中の中を行軍すると汗で、もうのどが渇いて。水筒の水は空っぽになっていると。
田んぼが向こうに見えると、田んぼの水を水筒にくんでがばがばと飲んでしまうとか。川が見えると川の水を飲むとか、そういうような状態なものですから。すぐ、アメーバ赤痢と、大体の方が、ほとんどの方がアメーバ赤痢。それから蚊が非常に多いです、向こうは田んぼ、ばっかりですから、ほとんど。もう寝ているとウォンウォンという、まとりついてきます。蚊は、あのマラリア患者のを吸ってまた来ると、すぐに伝染している。そこにいる兵隊が皆マラリア患者ですから、すぐうつってしまうわけですよね。そういう状態でした。

エイメイとかあっちのほうに行きますと、砂糖が非常にあって、砂糖の塊がいっぱいあります。それを兵隊さんがとってきてそれを食べると、ハエが、その干してある砂糖へハエがたかって、それがコレラの菌、ついとりますから。それでコレラ菌になって。

「おまえ、ばかに顔が青いじゃないか」といったら、「夕べ下痢をたびたびした」と。「その便はどんなふうか」と「白い便が出る」と、「ああ、これはコレラだ」と。すぐに入院させて、そんでもう、それで助かりましたからね。助かって帰ってきました。無事に内地に帰ってきました。栄養状態が悪くて、衛生のあれも悪いものですからね。まあ、こんなひどい、地獄のようなところだったですね。それを皆、頑張り抜いてきました。もう、国のためにがんばろうと。こういう気持ちで、みんな一所懸命やりました。何ら不平を言う人もなかったですね。

まあ道が悪くて、結局、トラック輸送とか自動車輸送ができないんで、仕方がないと思いますがね。ちょっと、無謀なように思いますね。アメリカならばそんな作戦はやらないと思うんですね。飛行機で輸送してそこへ、運ぶとか。あるいはいい道を作ってトラックで運ぶとか、そういうようなことをする。日本は何しろ「歩け歩け」と、歩兵というのは歩く兵隊だからということで。やはり大変無理が重なっていると思いますがね。

とにかく皆さんが、国のために尽くそうということで、もう本当に一所懸命になって敵を、撃滅しようという、意気に燃えていたということですね。本当に今言ったように医薬品もなし、食料もなく、それでも頑張りぬいたのは大変なことだと思います。

まあ、我々は戦闘に夢中なものですからね。もう、大本営がどんな意思を持っているか、戦況は、どんなか。まあ、ガダルカナルが危ないとは聞いたですがね。内地まで、どんなふうかってことは全然わからないんですね。もう、全然内地から2年間ぐらいは、もう便りが全然ないですから。そういう状態で。ただ、目の前の敵をいかにしてやっつけるかと、それ一念でもう、他のことは考えなかったですね。

出来事の背景出来事の背景

【中国大陸打通 苦しみの行軍1500キロ ~静岡県・歩兵第34連隊~】

出来事の背景 写真大陸打通とは、南方資源の輸送路を、米軍の攻撃によって破壊された海上輸送とは別に、中国を貫く内陸交通において確保すること、そして台湾を攻撃してきた米軍の航空基地を占領することを目的にした作戦だった。参加した兵士は支那派遣軍のおよそ50万人。揚子江流域の部隊を仏領インドシナまで1500キロ進軍させるという日本陸軍史上最大の作戦であった。この敗退する太平洋戦線の巻き返しを図る作戦に、歩兵第34連隊も加わった。

当時、中国軍は兵力で日本を上回っており、支援する米軍の爆撃機B29も空から日本軍を追い詰めた。
日本軍は爆撃を避けるため、物陰に身を潜めながらの行軍となった。
兵士たちは水不足にも苦しんだ。渇きに耐えられなくなった兵士たちは、田んぼや道ばたの泥水を口にし、休む間もなく歩き続けた。兵士たちの間に下痢やコレラ、赤痢がまん延し、行軍と疲労、病気の苦しさのあまり、自ら命を絶つ者もいた。

昭和19年(1944年)11月10日、苦しい行軍の末、日本軍はついに目的地である柳州・桂林を占領。大本営は、
日本による中国大陸打通の成功を発表した。

しかし、もはや日本軍に、中国を縦断する鉄道や道路を整備する余力はなかった。また、米軍は、すでに太平洋上のグアム、サイパンでの飛行場建設を終え、戦略上不要となった柳州の基地を自ら破壊していた。

日本軍は、昭和20年5月、本土防衛のため、南京まで戻るよう命じられた。兵士たちが日本の敗戦を知ったのは、その行軍の途中だった。残ったのは、戦死者の遺族の悲嘆と、中国民衆の怨みだけであった。

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