ヒバクシャからの手紙 一覧 | 証言で知る ヒロシマ・ナガサキ | NHK

ヒバクシャからの手紙インタビューでは伝えにくい、複雑な心境を手紙でお寄せいただきました

  • 瀬戸 高行さん

1945年8月6日、私は当時、広島市松原町国鉄広島駅構内で入換機関車を使って客車の入換作業に従事していました。

ヒバクシャからの手紙
  • 三谷 静香さん

生涯で忘れられないのに原子爆弾の被爆があります。国民学校の高学年でした。あの日は朝からよく晴れ渡り警報のサイレンとともに地区別に並んだ下級生を引率して帰宅しました。

ヒバクシャからの手紙
  • 下田禮子さん

世界で人類最初に核の洗礼を受け62年の歳月が流れました。スミソニアン博物館にある文書には、原爆投下は二十世紀最大の出来事であったと記されているそうです。

ヒバクシャからの手紙
  • 大場孝子さん

次世代に伝えたい毎年8月がやって来る。原爆・終戦が頭の中を走馬灯のように、くるくるまわる。

ヒバクシャからの手紙
  • 山崎甲子さん

被爆2世の保障を全国的に被爆者の平均年齢は74才となり、私も83才を過ぎ、体の各部の不調を手当てしながら、原友会呉支部の地区の世話をさせてもらっています。

ヒバクシャからの手紙
  • 三浦良範さん

原爆被害者一員当時満15才、原爆投下場所から約1キロの場所。昭和20年8月6日は日本製鋼休み。

ヒバクシャからの手紙
  • 漆原美智子さん

初めて打ち明けるこの思い母は被爆者です。悪性リンパ腫のため74才で亡くなりました。「母ちゃんは何も悪かことしとらんとにこげんひどか病気になって、こいわ、原爆のせいたい」と言って悲しんでいた父の言葉が今でも私の心に残っています。

ヒバクシャからの手紙
  • 橋本美智子さん

初めて打ち明けるこの思い私が被爆したのは、2才6か月でした。その当時の事は何も覚えていません。

ヒバクシャからの手紙
  • 川端健夫さん

初めて打ち明けるこの思い1945年は、広島高等師範の学生でした。戦争も激しさを増すどころか、日本が生きるか、死ぬかの状態だったと思います。

ヒバクシャからの手紙
  • 花田貞子さん

初めて打ち明けるこの思い現在私は69才、原爆投下時は小学校2年生でした。当時私は豊平、現在の北広島に住んでいました。父の故郷です。母と私達兄弟5人で疎開しておりました。

ヒバクシャからの手紙
  • 空民子さん

被爆と私の人生私達家族は63年前の8月6日午前8時15分、1.4km離れた稲荷町の自宅で被爆しました。父は2階にいて家ごと吹き飛ばされ一時行方不明に、洗濯をしていた母と子供達は、私が口唇に少し火傷をしただけですぐに庭にあった防空壕に避難しました。

ヒバクシャからの手紙
  • 鈴木恒昭さん

「消えた散髪屋さん」六郎おじさんは、広島中心部(はりまや町)の小さな散髪屋さんでした。お店の名は『鈴木美髪院』といいます。

ヒバクシャからの手紙
  • 中田上さん

被爆と私の人生軍政の日本に育ち18歳。やがて徴兵に行かなければならない。軍隊の厳しさは百も承知、だったら志願兵になり、少し楽をして上役になり国のために尽くそうか。

ヒバクシャからの手紙
  • 匿名さん

初めて打ち明けるこの思い拝啓、皆様私は昭和20年8月6日世界最初に原子爆弾の洗礼を受けた者の中の1人です。ちょうど6才になったばかりでした。

ヒバクシャからの手紙
  • 長島冨久江さん

原爆で亡くなったあの人への手紙大橋社長さんのご冥福をお祈りします。広島が原爆でやられた時、わたしは16才で女学校の4年生でした。

ヒバクシャからの手紙
  • 匿名さん

被爆と私の人生昭和20年8月6日月曜日午前8時15分原爆が投下された時、軍の命令により午前8時30分に市内に入り、あの大きなきのこ雲の下で消火と死体の収容作業に従事した。

ヒバクシャからの手紙
  • 北川貞雄さん

被爆と私の人生67年後の今も、恐怖が年たった今でも、8月6日、爆心地からおよそ2.5キロメートル付近の広島市牛田本町に住んでいた私には、言い表すことのできない恐怖が頭をもたげる。

ヒバクシャからの手紙
  • 吉兼実さん

東京都吉兼実さんあの日の思い出私は当時18才。広島高等師範学校の1年生、英語科の学生でした。当日は月曜日。

ヒバクシャからの手紙
  • 内野愛子さん

「夏に想う」~忘れられぬ私の被爆ノート~昭和20年8月9日11時2分、私は、長崎の美しい港の丘にある活水女学院の学徒動員(14歳)先である三菱造船所勤務がたまたま休みで、実家の側を流れる川辺で遊んでいた

ヒバクシャからの手紙
  • 渡邉次夫さん

初めて打ち明けるこの思い私は、大東亜戦争が激しくなり、戦雲色濃くなった昭和20年2月、満18歳で陸軍船舶特別幹部候補生として香川県小豆島にあった若潮部隊に入隊した。

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