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scene 012016年4月の熊本地震
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鈴木福(すずき・ふく)君が熊本県にやってきました。2016年4月に発生した熊本地震(じしん)は、最大震度7を記録。大きな被害(ひがい)をもたらしました。今回は、「子どもが見た避難(ひなん)所生活」です。避難所とは、大きな災害が起きたときに一時的に生活をする場所のことです。大災害では、家が倒壊(とうかい)する、または水道や電気が使えないなど、自宅(じたく)で生活ができないことがあります。また、自宅にいることが危険(きけん)な場合には、自治体から避難指示が出されることがあります。そうしたときに避難所に行くことになるのです。熊本地震でも多くの小中学生が長い避難所生活を送りました。

scene 02まさか自分の近くで起きるなんて
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阿蘇(あそ)市にくらす伊藤早来(いとう・さら)さん。当時は小学5年生でした。地震(じしん)が起きたとき、早来さんは自宅(じたく)でねていました。そのときのことは今でもわすれられないそうです。「近くにあった水槽(すいそう)がたおれ、水がかかってパニックになって。初めての経験だったのでこわかった。」 翌日(よくじつ)、早来さんは通っていた小学校の体育館へ避難(ひなん)しました。そこにはすでに大勢の人がいました。当時、この学校には最大で400人が寝(ね)とまりしていたのです。「大変なことが起こってるんだなぁって。東北のような地震がまさか自分の近くで起きるなんて思いもしなかった。」

scene 03大人も子どももイライラしていた
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その日から、10日間の避難(ひなん)所生活が始まりました。食事は、「一日目はふくろにご飯と、確かアスパラガスを1本ゆでたのが入っていた記憶(きおく)があります。」 避難所で必要な食べ物や日用品、毛布などは支援(しえん)物資でまかなわれます。支援物資は、国や自治体から送られてきたり、個人や企業(きぎょう)から寄付されたりします。しかし、災害が発生してすぐにはとどかないこともあるのです。早来さんはそのとき、いつも目にしているのとはちがう大人のすがたも目にしました。「大人どうしで言い合っていた。大人も子どももイライラしていて、そういうのを見るのはつらかった。」(早来さん)

scene 04遊べるスペースがあったらいいな…
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さらに避難(ひなん)所では、ほかにも不便なことがたくさんありました。外に設置された仮設トイレは電気がなく、こわくて夜一人で行くのはいやだったし、ねるときも、ゆかがかたくて冷たくて、とても寒かったそうです。そんなつらい避難所生活を送るなかで、早来さんはあることに気づきました。「小さい子たちが走り回ったりして、そのお母さんたちも『静かにしなさい!』ってどんどんイライラが…。いろんなところでいろんな人が腹(はら)を立てていたのを見て、遊べるスペースがあったらいいなと思って…。」

scene 05行動に移すことが大切
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子どもも大人もストレスをためていると感じた早来さんは、避難(ひなん)所の中に子どもたちが遊べるスペースを作りました。家にあった本やトランプなどを、お母さんと相談して運んできたのです。「小さい子たちが笑顔で本を読んだり、絵をかいたりっていうのを見て、こっちもうれしいなって思ったし、お年寄りのみなさんもトランプで楽しんだり、はば広い年代の方が遊んでくれたのはうれしかった。考えているだけでなく、行動に移すことが大切だなと思いました。」

scene 064か月間の避難所生活
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次に福くんがたずねたのは益城町(ましきまち)。被害(ひがい)が最も大きかった地域(ちいき)で、今も多くの人たちが仮設住宅(かせつじゅうたく)でくらしています。民本蓮(たみもと・れん)くんと奥村翔(おくむら・しょう)くん。現在、中学1年生。地震(じしん)発生のときは…。「にげているとき、くずれてこないかという恐怖(きょうふ)がありました。」(奥村くん) 「びっくりしたし、気分が悪くなりました。」(民本くん) 二人が避難(ひなん)したのは、町でいちばん大きい避難所だった総合体育館。ここには多いときで1300人以上が避難。二人は仮設住宅に移るまでの4か月間をこの避難所で過ごしました。

scene 07プライベート空間がない
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いちばんつらかったのは、プライベートな空間がなかったこと。「避難(ひなん)している人たちがいるから声も出せなかったし、イヤホンを持ってなかったからゲームの音量も出せなかった。」(奥村くん) 「みんながぎゅうぎゅうになっていて、6人で畳(たたみ)2、3枚(まい)分くらいしかスペースがなかった。」(民本くん) 気をまぎらわせたくて友だちと話しても、大きな声で笑ったりもできず、ゲームをする雰囲気(ふんいき)でもなかった。避難所に1台あったテレビは大人が情報を得るために見ていて、子どもが見たい番組は見ることができません。「この避難所から早く解放されたいという気持ちでした。」(奥村くん)

scene 08ボランティア隊の結成
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そんななか、避難(ひなん)所の運営者から、とどいた食事を配ったりそうじしたりするのを手伝ってもらえないかというよびかけがありました。するとたくさんの子どもたちが集まってボランティア隊を結成したのです。「何時にロビーに来てくださいと言うと、小学生たちが集まってくるんですね。小学生でも人のためになりたいっていう感情を持っているんですよね。子どもたち自身が、地震(じしん)を通してそういう自分の一面に気づいたということもたくさんあったと思います。」と、避難所を運営した熊本YMCAの冨森(とみもり)さんは言います。

scene 09元気・笑顔をとどける
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蓮くんと翔くんもそれに加わりました。「高齢(こうれい)の方が不便なところを少しでも手伝ってあげることで、元気にできたっていうところですね。」(蓮くん) 「ボランティアすることで、高齢者の方たちに笑顔をとどけられるということがわかった。『ありがとうございます』という言葉をいただいて、次もがんばろうと思いました。」(翔くん) 大変な避難(ひなん)所の生活。でもそんなときも、じっと待っているだけでなく、自分から人のために動くことで元気を取りもどすことがあると教えてもらいました。

scene 10いつ地震が来てもおかしくないという心で
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「今回、実際に震災(しんさい)にあって、つらくて長い避難(ひなん)生活になった3人に話を聞いて、ぼくたちには想像できないつらさを味わったんだろうなっていうことを実感しました。でも、みんな今はすごく前向きで、ぼくも勇気をもらいました。いつ地震が来てもおかしくないので、もし起きたときのことを考えて、ぼくも防災についてもうちょっと考えたいと思います。」(福くん)

学ぼうBOSAI
被災者に学ぶ 避難生活が長引くとき
熊本の震災時、避難所で過ごした小・中学生に、子どもにとっての避難所生活を聞き、子どもでもできることを学ぶ。

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