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scene 01りんご、さくらんぼ、西洋ナシ、桃…
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高さ5mにも及ぶ大きな山車(だし)の運行で知られる青森の『ねぶた祭り』。そして秋田の『竿燈(かんとう)祭り』など、東北各地で繰り広げられるさまざまな夏祭りには国内外からおよそ1500万人以上の人々が訪れるといいます。今回舞台となるのは、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島の6県からなる東北地方です。東北では果物の生産が盛ん。青森県はりんごの生産量が全国1位。山形県はさくらんぼや西洋ナシが全国1位。ほかにも、ヤマブドウや桃、ラズベリーなどで全国トップクラスの生産量を誇る県もあります。そこで今回の疑問、『なぜ東北地方では果物の栽培が盛んなの?』。

scene 02青森の夏の平均気温は18℃
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りんごの生産が盛んな青森県。日本のりんごの半分以上がここで作られています。りんごの栽培には、夏場の気温21℃以下が適しているといわれています。青森の夏の平均気温はおよそ18℃。りんご栽培は青森の気候にぴったりなのです。でも、りんごが盛んに作られている理由はそれだけではありません。まずは、「歴史」という見方で考えてみましょう。

scene 03「芯おろし」という独自の栽培技術
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青森県にりんごがもたらされたのは明治8年。当時はまだりんごの栽培技術が確立していなかったため、生産量も少量でした。しかしその後、研究熱心で行動力に優れた農家のリーダー外崎嘉七(とのさき・かしち)が、ある方法を編み出しました。それは、「芯(しん)おろし」という剪定(せんてい)方法。いちばん下の枝だけ残してその上を幹ごと切り落とすという大胆なものでした。この方法によって、それまでよりも格段にたくさんのりんごがとれるようになりました。その技術は、今でも青森のりんご栽培を支える基本となっています。

scene 04生で食べることが少なかったさくらんぼ
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次は、全国の生産量のおよそ8割を誇る、山形県のさくらんぼ。繊細な甘味と品のある紅色で知られる「佐藤錦(さとうにしき)」というさくらんぼは、贈答品としても人気があります。佐藤錦が生まれたのは今からおよそ90年前。どうやって生まれたのか、その歴史を見てみましょう。現在広く食べられているさくらんぼが日本にやってきたのは明治時代。山形ではいち早くその栽培に着手しました。しかし当時のさくらんぼはほとんどが缶詰用。生で食べられることはまれでした。酸味が強く、生で食べることに向かなかったからです。なんとか生のままでおいしく食べられるさくらんぼを栽培できないか…。

scene 05理想の味と色「佐藤錦」の誕生
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大正元年、山形県出身の佐藤栄助(さとう・えいすけ)がさくらんぼの改良に乗り出しました。品種の違う二つのさくらんぼを交配して選別を繰り返し、理想の味と色をめざしました。そしておよそ16年後。ついに、甘くて美しい紅色のさくらんぼ「佐藤錦」が誕生しました。しかし、その佐藤錦が全国に知られ、流通するようになるには、さらにおよそ半世紀の時間が必要でした。佐藤錦などの東北の果物が全国に広まったのは、1970年代のある出来事が大きく影響しています。そこで、次は「交通」という見方で考えてみましょう。

scene 06東北自動車道の開通
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佐藤錦の誕生で、ようやく生でおいしく食べられるようになったさくらんぼ。しかし、1970年代半ばごろまでは、出荷のほとんどはまだ缶詰として加工されたものでした。生のさくらんぼやぶどうは繊細で傷みやすい。険しい山道が多い東北の道路では、時間がかかりすぎ、新鮮な状態で全国に届けることは難しかったのです。1972年、東北自動車道の一部が開通。その後10年以上かけて、東京から青森まで東北自動車道がすべてつながりました。人口の多い東京や大阪などの大消費地に、いち早く新鮮な果物が届けられるようになり、東北の果物栽培はさらに盛んになっていきました。

scene 07海外にも届けられる東北の果物
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近年では、輸送技術が進んだことで、より遠くのお客さんにも届けられるようになりました。たとえば…。山形からおよそ3000km離れた香港(ホンコン)。届けられたのは、山形が誇る“赤い宝石”佐藤錦。「こんなに甘いとは知らなかったわ。歯ざわりがよくて新鮮ね」(受け取った香港の人)。東北は今、果物の海外への輸出にも力を入れているそうです。

scene 08東日本大震災後の風評被害
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東北地方の南部に位置する福島県。桃をはじめとする果物の栽培が始まったのは明治時代。果物栽培は近年ますます盛んになってきていました。しかし、2011年3月、東日本大震災が起きます。風評被害で果物が売れなくなり、多くを廃棄したこともありました。今では売り上げも回復しつつあるといいますが、その背景には一体何があったのでしょう。次は、「人々の想い」という見方から考えてみましょう。

scene 09農家、行政、農協などが一丸となって
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農家の人々を苦しめた、震災後の風評被害。その状況を打開しようと、農家と県職員をはじめとする行政や農協の職員などが一丸となりました。木の皮を一本一本ていねいにはぎ落とし、木の洗浄や土の入れ替えを行いました。その対象は、およそ5400ヘクタールにも及ぶ広大な果樹園。大変な作業でした。さらに福島県は、すぐにホームページを立ち上げました。出荷する農産物の放射性物質についての検査結果をほぼ毎日公表し続けています。福島の農産物の安全性を広く知ってもらうためです。「安全であることは検査結果が証明しているんですが、安全と安心は違う。安心だと思ってくれるまでは続けます」(県庁職員 市村さん)。

scene 10気候を生かしたユニークな工夫
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今回の疑問、「なぜ東北地方では果物の栽培が盛んなの?」。「歴史」や「交通」、「人々の想い」という見方で考えると、その理由が見えてきましたね。ほかにも東北地方では、その気候を生かしたユニークな工夫も行われています。たとえば、雪の多い山間部に建てられた小屋。屋内には大量の雪が積まれていて、温度が一定に保たれています。自然のエネルギーを使った冷蔵庫「雪室(ゆきむろ)」です。「湿度100%に近い状態なので、りんごの保存に適している」(果樹農家 中川さん)。この「雪室りんご」は春先まで楽しめるそうです。ほかにも東北ならではの工夫はあるのでしょうか。みんなも考えてみてください。

10min.ボックス  地理
なぜ東北地方では果物の栽培が盛んなの?~東北地方~
今回の疑問は「なぜ東北地方では果物の栽培が盛んなの?」。りんごやさくらんぼなど東北では果物の栽培が盛んな県が多い。なぜなのか、「歴史」などの見方をもとに探る。