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scene 01富山県のチューリップ
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トッキーがお花に水をやっています。そこへ、「すごい! きれいだね!」とココロとチズルがやってきました。「チューリップっていう花よ。いろんな色や形があるでしょ」。チズルが「どこでさいばいされているの?」と聞くと、「富山県よ。たくさんのチューリップがさいばいされているの。春になるとチューリップの花でいっぱいになって、日本全国から人が見にくるんだって」とトッキー。トッキーはお花が大好きなのです。「富山県…富山県はどこだろう…」と地図で富山県をさがすチズル。「あっ、ここだ!」と見つけました。「ファンファン、富山県ってチューリップがよく育つ場所なの?」と聞きました。

scene 02球根出荷数、日本一
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「富山県はたくさんの雪がふる。その雪の下でチューリップの球根が育っているんだ。球根は秋に植えられる。冬、雪の下は土の温度がたもたれるから、球根が大きく育つんだ。富山の土はすなまじりで水はけがよく、チューリップのさいばいにてきしている。富山県はチューリップの球根出荷数、日本一。富山で開発されたチューリップの品種は30以上。チューリップさいばいは地域(ちいき)を代表する産業の一つなんだ」とファンファンが言います。「どうやってチューリップさいばいがさかんになったんだろう。歴史が知りたい。今日はわたしが調べに行ってくるね!」とトッキー。「よろしく! ファンファン!」。「りょうかい」。

scene 03チューリップさいばいの歴史は100年!
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やってきたのは、富山県砺波(となみ)市。4月、いろいろな色のチューリップがさいていました。市内にあるチューリップ公園。毎年チューリップがさく時期になると、全国からおよそ30万人がおとずれます。富山のチューリップさいばいはどれくらい歴史があるのか、球根組合の中林さんに聞いてみると、「大正7年(1918)と聞いていますから、かれこれ100年くらいになるんですよ」とのこと。「100年も!」とおどろくトッキー。

scene 04たった一人で始めたチューリップさいばい
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公園の近くにあるチューリップの博物館では、富山のチューリップの歴史が学べます。チューリップさいばいが始まったころの写真がありました。チューリップのさいばいを広めたのは、砺波市の米農家、水野豊造(みずの・ぶんぞう)という人です。「100年前にたった一人でチューリップを作り始めた方なんですよ」(中林さん)。するとココロが、「たった一人でチューリップのさいばいを広めるのに、どんな努力があったのかな?」と聞いてきました。「どうやら、豊造さんの家族がこの近くでチューリップさいばいをしているみたいだよ」とファンファン。さっそくトッキーは話を聞きにいくことにしました。

scene 05農家の苦労をへらすために
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豊造さんの息子、水野嘉孝(よしたか)さんの家をたずねました。どんなお父さんだったか聞いてみると、「きちっとして、まじめすぎるくらいまじめ。チューリップのことは本当によく勉強していました。チューリップに人生かけたような人」(嘉孝さん)。100年前、この土地の田んぼではお米以外の作物は育てられないと思われていました。だからお米が作れない冬のあいだ、農家の人たちは遠くの町まで働きに行かなければならなかったのです。豊造さんは、冬に働きに出る苦労をへらせないかと、イチゴや菊(きく)などお米以外の作物を育ててみることにしました。そのなかで目をつけたのが、チューリップでした。

scene 06富山の土や気候がさいばいにてきしていた
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豊造さんがチューリップさいばいについてまとめた本。そこには…、『チューリップというものは、こんな栗(くり)みたいなものかと思って畑の中に植えておいたのが…なんとも言いようのない、きれいなかわいらしい花…葉がかれてからほってみると、実に見事な球根ができているのです』。植えたときよりも球根が大きく育つことに気づいた豊造さん。富山の土や気候がチューリップさいばいにてきしていると考え、知り合いの農家を一軒(けん)一軒回ってすすめ続けました。初めてチューリップを植えてから6年。ようやく13人の仲間が集まり、チューリップのさいばいが広がろうとしていました。そんなとき…。

scene 07戦争のあいだもチューリップを守り続けた
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1941年、太平洋戦争という大きな戦争が始まりました。食べ物が不足するなか、花よりも食料を作ることが求められ、チューリップさいばいをやめてしまう人が続きました。そんななかでも豊造さんは富山のチューリップを守り続けました。「平和な世界には花がぜったい必要、必ずまた売れるようになる、ということを農家に強くうったえた」(嘉孝さん)。戦争が終わると豊造さんはもう一度農家によびかけ、120人の仲間を集めました。そして、日本国内だけでなく外国へもチューリップの球根を売り出していきました。こうして農家の人たちは、冬に働きに出なくてもお金をかせげるようになったのです。

scene 08外国にまけない新しい品種の開発を
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さらに豊造さんが力を注いだのが、チューリップの品種開発です。『天女の舞(てんにょのまい)』と名付けられたチューリップは、昭和27年に豊造さんが生み出した品種です。富山のチューリップが売れるためには、外国に負けない新しい品種が必要だと考えたのです。そんな豊造さんの思いを受けつぐ、富山県園芸研究所。2100品種ものチューリップがさいばいされています。「水野さんの思いを受けついで、みなさんに喜んでもらえるチューリップの新品種開発に取り組んでいます」(研究員 山川さん)。100年前、豊造さんがたった一人で始めたチューリップさいばい。今では富山県を代表する産業に成長したのです。

scene 09もっと調べてみよう!
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「ただいま!」 トッキーがもどってきました。「地域(ちいき)の産業の始まりには、昔の人の地道な努力があったんだね!」とココロ。「ほかにも、地域の特徴(とくちょう)を生かしてできた産業があるのかな?」とチズル。「みんなも調べてみてね!」とトッキーが言いました。

よろしく!ファンファン
地域の発展につくす~産業をつくる~
富山県でチューリップの栽培を広めた水野豊造の取り組みをとおして、地域の産業をつくりあげるまでの昔の人の努力について学ぶ。

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