『もやモ屋』。それは、まぼろしの映画館(えいがかん)。みればみるほど、頭はモヤモヤ、心もモヤモヤ。さあ、ごらんあれ!
うちのばあちゃんは81歳(さい)だけど…。「じゃあそろそろわたしはおうちに帰りまーす」。ときどき…。「どこ行くの?」。わたし(ユミ)がちょうど学校から帰ってくると、ばあちゃんはどこかへ出かけようとしていた。「わたしおうちに帰りまーす」。「ばあちゃんちはここ。勝手に出ちゃだめ」とわたしがとめると、ばあちゃんはすわりこんで、ふしぎそうにわたしを見ている。ばあちゃんは、ときどき10歳になる。
「うわ、何これ?」。台所のバケツの中に石ころがたくさん水につかってた。「今日のごはんだよ。ユミちゃん、いっしょに食べよう。昔ねえ、ばあちゃんのばあちゃんも、これ海でとってきて、よくごはんを作ってくれてねえ」とばあちゃん。お母さんはあきれて、弟のユウタにすててくるように言った。「あー、ユミちゃんに食べさせるんだよ。海でとってきたんだよ」。「海ってどこの海? 海はこのへんにはないでしょ」とわたし。「あるよ、海。昔ね、ばあちゃんのばあちゃん、海で足すべらして落っこっちゃって、こんぶを頭につけて帰ってきてねえ」とばあちゃん。「うそつき。ここから海なんか見えないの!」。
ばんごはんのとき、とつぜんばあちゃんが立ち上がっておどり始めた。「♪月がー 出た出たー 月がー出たー あ、ヨイヨイ」。「ばあちゃん、おどりはごはん終わってから」とお父さんが声をかけるけど聞こえないみたい。「この前も外でいきなり大きな声で歌い出したの。はずかしかった」とわたしが言ったら、「でもほら、大きい声で歌うと、だえきがいっぱい出てさ、体にいいんだよ」とお父さん。「ごはんがおいしく食べられる」と言う。ユウタはごはんのとちゅうで、「ばあちゃん、かくれんぼしよう」と言い出した。「ユウタ、こら!」。「ばあちゃんもほら」。しかるお母さんとお父さん。
ごはんのあとかたづけをしていると、うしろから「夜ごはんまだ?」とばあちゃんが言う。「さっき食べたじゃない」と言うと、「そうだっけ?」とばあちゃん。「ほら、ごはんつぶ。これがしょうこ」。服についたごはんつぶを見せる。「あれぇ…?」。テーブルにすわったばあちゃんがわたしの水筒(すいとう)からお茶を飲んだ。「ちょっと! それ、あたしの。勝手に使っちゃだめ、もう!」。むりやり取り上げて水筒のお茶をすて、ごしごしとあらった。『もうばあちゃん、きたないんだから。ばあちゃんなんか、どっか行けばいい。ばあちゃん、わけわかんない』。ユミの心は少しモヤモヤ…。
次の日。「じゃあ、そろそろあたしおうちに帰りまーす」。またばあちゃんが、かさを持って玄関(げんかん)から出ていった。目をはなすわけにはいかなかった。ばあちゃんのあとをついていく。ばあちゃんはどんどんどんどん歩いていく。商店街(しょうてんがい)をぬけ、住宅街(じゅうたくがい)を通り、石段(いしだん)をのぼり、路地へ入り…。いつのまにか、知らないところにみちびかれていた。
空き地に着いた。家があるかのように、ばあちゃんが中に入っていく。「どうぞお上がり下さい」と言うので、わたしも空き地に入っていった。ばあちゃんがかさをとじると…、そこは古い家の中だった。「ただいま」と女の子が帰ってきた。「ばあちゃん、どこ行ってたの? 勝手に外へ出ちゃだめでしょ」とばあちゃん。「ばあちゃんね、海に落ちちゃった。ほら、海でしじみとってきたんだよ。今日のはつやがあるからきっとおいしいよ」。バケツの中にはしじみがたくさん入っていた。「しじみごはん作るからいっしょに食べよう」と言われ、「あの、こんぶ、ついてます」とわたし。ばあちゃんのばあちゃんも、ときどき…。
ばあちゃんと、ばあちゃんのばあちゃんと、わたしと、三人でしじみごはんを作る。しじみの身をとり、にんじん、シイタケ、ごぼうを切って入れ、お米といっしょにかまどでたく。たきあがるのを三人でのんびり待つ。しばらくしておかまのふたを取ると…。「おいしそう!」。しじみごはんのできあがり。
三人でしじみごはんをいただく。すると、ばあちゃんのばあちゃんが立ち上がっておどり出した。「♪月がー 出た出たー 月がー出たー あ、ヨイヨイ 月がー出たー あ、ヨイヨイ…。あれぇ、つづきわすれちゃった。なんだっけ?」。すると、「ばあちゃん、おどりはごはん終わってから」とばあちゃん。そこでわたしがつづきを歌ってあげた。「♪三池炭鉱(みいけたんこう)の上に出た あんまり えんとつが高いので さぞやお月さん けむたかろ サノヨイヨイ」。わたしもいっしょになっておどる。ばあちゃんもいっしょにおどり出した。「♪月がー 出た出たー 月がー出たー あ、ヨイヨイ 三池炭鉱の上に出た…」。
ばあちゃんのばあちゃんが手をふって見送ってくれた。ばあちゃんと二人でおうちに帰る。とちゅう、「いいにおい」とわたし。「このおうち、こんばん焼肉(やきにく)だね」とばあちゃん。「なんか、おなかへってきちゃった。ねえ、今日の夜ごはん何かな?」とわたしが言うと、「さっき食べたじゃない、ほら」とばあちゃんはわたしの服についていたごはんつぶをつまんだ。「わたし、ばあちゃんみたいだね」。「さ、おうちに帰ろ」とばあちゃんが歩きだした。『わたしもいつか…』。うしろすがたを見ながら、ユミの心はモヤモヤ…。「ばあちゃーん!」。すると、ばあちゃんのしわだらけの手がユミの頭をなでて…。