わたしの名前は、岩田謙一(いわた・けんいち)。東京の下町で三代続く酒屋の店主です。お店では、お酒以外のものも売っています。卵(たまご)とか、にぼしとか、おみそとか、ふつうの酒屋さんには置いていないようなもの。家で毎日使う食材や、子ども向けのお菓子(かし)まで。こうした工夫をするのは、地域(ちいき)でくらすいろいろな人にお店をたずねてほしいからです。わたしのなやみは、「地域の人のつながりを作るにはどうしたらいいんだろう」ということです。
わたしの生まれ育った東京都墨田(すみだ)区の商店街。昔はみんなが顔なじみで、やさしく声をかけてくれました。まんべんなく昔はお店がありました。今ではほとんどがシャッターになってしまって、少しさみしい気がしますね。今はご近所付き合いも減り、つながりがうすれてきたと感じています。商店街近くの隅田川ぞい。小さいころ、ここの景色がずっと気になっていました。すむ家のない人たちが作ったブルーシートのテントが、所せましとならんでいたのです。なんでこの人たちはこうなってしまったんだろう。
わたしは大学で社会福祉(ふくし)を学び、テントでくらす人の話に耳をかたむけました。すると、こうした人の多くが、地域(ちいき)とのつながりをなくしひとりぼっちになっていることに気づいたのです。そういう人たちを救うためには、「つながり」というのが非常に大切だなと。わたしはいろいろな人とつながっている。でもテントで生活している人はだれともつながりがないんだな。おとなりさん同士がつながったり、何かこまりごとがあったら「こんなことがあってさ」って言ったり、友だちのような感覚というものが地域には必要なんだなって感じました。
そこでわたしが始めたのが、地域(ちいき)の民生(みんせい)委員です。民生委員は地域でこまっている人とつながり、行政などとのあいだに入り支援(しえん)をうながすボランティアです。この日は、訪問(ほうもん)の依頼(いらい)のあった人のお宅(たく)に向かいました。西戸誠(にしど・まこと)さん、74歳(さい)。妻を早くに亡(な)くし、子どもも独立。ひとりでくらすことに不安やさみしさがあると言います。
「20年ぐらいひとりぐらし。ひとりぐらしは何があるかわからない」(西戸さん)。「やはり不安に思っているところがあると思うので、つながりの一つとしてわたしを使ってもらえたらと思いますし、わたしがいることによって安心してくれたらいいなと」(岩田さん)。こうして地域(ちいき)の人と話すことで、少しでも力になれるように努力しています。しかし、家族や仕事のこと、自分の体のこと、なやみをかかえる人は大勢います。わたし一人だけでは解決できません。
以前、地区の人からこんな相談を受けました。「ゴミ屋敷(やしき)があるのでなんとかしてほしい」。そこでわたしは何度もその家をたずねましたが、すむ人にはあってもらえなかった。その後、その方はひとりで亡(な)くなったと聞きました。何かしらつながるところがあれば、もしかしたら助かったかもしれない。病院へ連れていけたのかもしれない。「何かできたんじゃないか」とすごく無力さを感じました。
地域(ちいき)の中にもっとつながりがあれば、こまっている人の力になれるんじゃないかな。たくさんの人に地域のつながりの大切さを感じてもらうにはどうしたらいいんだろう。そこで、お店を地域の拠点(きょてん)にすることを考えました。社会福祉(ふくし)士が二人と民生委員・児童委員、保護司がいる。めざすは“日本でいちばん安心できる酒屋さん”。子育てや家族の引きこもりになやんでいる人たちに向けて情報発信も。いろんな人にお店をたずねてほしいな。いっしょに働く妻も同じ気持ちです。「まだこの店に来たことないけどどうしようとなやんでいる人たちにも、いろいろ工夫をしていきたいな」(妻の舞さん)。
さらに、お店の中に、だれもが気軽に立ち寄れる場所を作りました。すると、だんだん地域(ちいき)の人が集まってくるようになりました。子どもたちも楽しんでくれているみたい。「お友だちと来る」(男の子)。「子どもが集まる場所みたいな感じになっている気がします」(お父さん)。別の地域から引っこしてきた人と、ずっと地元でくらしている人も。「わたしは就職(しゅうしょく)でここに来た。すごいフレンドリー」と新潟出身の人。「地域の人が集まるこういうお店が少なくなった印象があるので、すごく貴重(きちょう)な場所」と地元出身の人。初めての土地で知り合いができるとホッとするよね。
この場所で出会った仲良し三人組。「それこそ地域(ちいき)コミュニケーション。何かあったときに気づいてくれる人がいるっていうのがすごくいいよねって話したら、岩田さんが『ぼくはそういうお店を作りたかったんだ』って」。この日はお店に西戸さんの姿(すがた)もありました。となり合わせの親子と会話もはずんだようです。「お父さんと息子みたいな感じですよね、ここで出会って。以前は近所でもまったく知らない人がいっぱいいた。でもその人たちとつながるようになった」(親子連れのお父さん)。お客さんがそう思ってくれるのはうれしい。本当にみんながつながることができたらいいなと思っています。
お店は、だんだん地域(ちいき)の人に受け入れられてきました。でも、まだみんなとつながれたわけじゃない。家の中に引きこもっている人、ねたきりで苦しんでいる人…。そうした、うちのお店に来られない人たちこそ、つながりを必要としているんじゃないかな。「一つのお店がもり上がっても、みんながつながることはむずかしい。自分たちだけでもり上がっちゃうと見失っちゃう」(岩田さん)。「つながり」がなく、「ひとり」になっている人はまだ大勢いる。みんなが身のまわりの人に目を向けられるようになったらいいな。みなさんの地域はどうですか?