「いづれの御時（おほむとき）にか、女御（にょうご）、更衣（かうい）あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際（きは）にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」。時は平安時代。女の子たちの心をわしづかみにした物語がありました。『源氏物語』。千年前に書かれた小説です。日本文学の最高傑作（さいこうけっさく）といわれています。作者は、紫式部（むらさきしきぶ）という貴族の女性です。物語は、主人公・光源氏（ひかるげんじ）の誕生（たんじょう）から始まります。

「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」――いつの時代のことでしたでしょうか。帝（みかど）のおおぜいの妻（つま）たちのなかに、それほど身分が高くはないのに、ひときわ、帝から愛（あい）されている女性がいました。

「前（さき）の世にも御契（ちぎ）りや深かりけん、世になくきよらなる玉の男御子（をのこみこ）さへ生まれたまひぬ」――前世からの縁が深かったのでしょうか。この世のものとも思えないほど美しい男の赤ちゃんがお生まれになりました。

光源氏は、かがやくような美しい青年に成長します。物語は、光源氏の生涯（しょうがい）、そして子どもや孫の時代までを、実に54冊（さつ）にわたってえがきます。そこにはさまざまな女性が登場します。源氏物語は、その女性たちを生き生きとえがき分けています。

その一人が、夕顔（ゆうがお）という花の名前で呼ばれていた、はかなげで美しい女性です。――白い袷（あわせ）に薄紫のやわらかな着物を重ねて、派手ではなく、かわいらしくて弱々しい印象です。どこが特別すばらしいというわけではないのだけれど、細やかで、話をする様子もたよりなく、ただただかわいらしいなあと思うのでした。

末摘花（すえつむはな）と呼ばれる女性は、ひときわ個性的です。――まずは、座高が高くて猫背とわかり、がっかりしました。次に、なんて不格好な、と思ったのは鼻でした。まるで象のように長くて、先が少し垂れて赤くなっているのが、とてもいやな感じです。

数多い女性の登場人物の中で、光源氏が最も愛した女性が、紫（むらさき）の上です。二人の運命の出会いは、光源氏が18歳（さい）のとき。山里で見かけた少女に目をうばわれます。紫の上はこのときまだ10歳でした。「白き衣（きぬ）、山吹（やまぶき）などの萎（な）えたる着て走り来たる女子（をむなご）、あまた見えつる子どもに似（に）るべうもあらず、いみじく生（お）ひ先見えてうつくしげなる容貌（かたち）なり」――白や山吹色のやわらかい着物を着て、その女の子は走ってきました。ほかの子どもとはくらべものにならないほど美しく、将来（しょうらい）はさぞかし美人になるだろうと思われます。

「髪（かみ）は扇（あふぎ）をひろげたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。『雀（すずめ）の子を犬君（いぬき）が逃（に）がしつる、伏籠（ふせご）の中（うち）に籠（こ）めたりつるものを』とて、いと口惜（くちお）しと思へり」――髪は扇のようにゆらゆらと広がり、顔はこすってひどく赤くして立っています。「雀の子を犬君が逃がしてしまったの。籠（かご）の中にちゃんと入れておいたのに」と、いかにもくやしそうな表情（ひょうじょう）です。

光源氏はこの少女に心をうばわれ、強引（ごういん）に引き取って大切に育てます。そして、のちにこの子はすばらしい女性に成長し、紫の上とよばれます。でも、紫の上は本当に幸せだったのでしょうか。この先も物語は続き、びっくりするような展開が、まだまだ待っているのです…。

「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」。…「前の世にも御契りや深かりけん、世になくきよらなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ」。