オープニングタイトル
山の神(かみ)の秋の祭(まつ)りの晩(ばん)でした。亮二(りょうじ)はあたらしい水色の帯(おび)をしめて、それに十五銭(せん)もらって、お祭りにでかけました。むこうの神楽殿(かぐらでん)には、ぼんやり五つばかりのちょうちんがついて、これからおかぐらがはじまるところらしく、かねだけしずかに鳴っておりました。亮二はしばらくぼんやりそこに立っていました。〔語り:松田洋治(まつだ・ようじ)さん〕 ※学年に合わせて一部漢字をひらがなにしています
むこうの方で、なにか大きな声がして、みんながそっちへ走っていきました。亮二も急いでかけていって、みんなの横からのぞきこみました。すると大きな男が、髪(かみ)をもじゃもじゃして、しきりに村の若(わか)い者(もの)にいじめられているのでした。ひたいからあせをながしてなんべんも頭を下げていました。村の若者が、みんなが見ているので、いよいよいきおいよくどなっていました。「貴様(きさん)みたいな、よそから来たものにばかにされてたまっか。早くぜにをはらえ、ぜにを。ないのか、このやろう。ないなら、なしてもの食った。こら」。
男はひどくあわてていいました。「薪(たきぎ)、百把(ひゃっぱ)もって来てやるがら…。薪をあとで百把もって来てやっから、ゆるしてくれろ」。「うそをつけ、このやろう。どこの国に、だんご二くしに薪百把はらうやづがあっか。全体きさんどこのやつだ」。「そ、そいつはとてもいわれない。ゆるしてくれろ」。男は黄金(きん)色の眼(め)をぱちぱちさせて、あせをふきふきいいました。いっしょになみだもふいたようでした。
亮二はすっかりわかりました。「ははあ、あんまりはらがすいて、もうぜにのないのもわすれて、だんごを食ってしまったのだな。ないている。わるい人でない。かえって正直な人なんだ。よし、ぼくが助けてやろう」。亮二は、ただ一まいのこった白銅(はくどう)を出して、それをかたくにぎって、みんなをおしわけて、その男のそばまで行きました。亮二は、その男のぞうりをはいた大きな足の上に、だまって白銅をおきました。
すると男はびっくりしたようすで、じっと亮二の顔を見おろしていましたが、やがていきなりかがんでそれを取るやいなや、大きな声でさけびました。「そら、ぜにを出すぞ。これでゆるしてくれろ。薪(たきぎ)を百把(ひゃっぱ)あとで返すぞ。栗(くり)を八斗(はっと)あとで返すぞ」。いうが早いか、いきなり若者(わかもの)やみんなをつきのけて、風のように外へにげ出してしまいました。
かぐらの笛(ふえ)がそのときはじまりました。けれども亮二はもうそっちへは行かないで、ひとり田んぼの中のほの白いみちを、急いで家の方へ帰りました。早くおじいさんに男の話を聞かせたかったのです。おじいさんははじめはだまって聞いていましたが、おしまいとうとうわらい出してしまいました。「ははあ、そいつは山男(やまおとこ)だ。山男というものは、ごく正直なもんだ。おれもきりのふかい時、たびたび山であったことがある。しかし山男が祭を見に来たことは今度はじめてだろう。はっはっは。いや、いままでも来ていても見つからなかったのかな」。
その時、表の方で、どしんがらがらがらっという大きな音がして、家は地震(じしん)の時のようにゆれました。亮二は思わずおじいさんにすがりつきました。見ると家の前の広場には、太い薪(たきぎ)が山のように投げ出されてありました。根(ね)やえだまでついた、ぼりぼりにおられた太い薪でした。おじいさんはしばらくあきれたように、それをながめていましたが、にわかに手をたたいてわらいました。「はっはっは、山男が薪をお前にもってきてくれたのだ。おれはまたさっきのだんご屋にやるということだろうと思っていた。山男もずいぶんかしこいもんだな」。
亮二は薪(たきぎ)をよく見ようとして、一足そっちへ進みましたが、たちまち何かにすべってころびました。見るとそこらいちめん、きらきらきらきらする栗(くり)の実でした。「おじいさん、山男は栗も持って来たよ」。おじいさんもびっくりしていいました。「栗まで持って来たのか。こんなにもらうわけにはいかない。今度何か山へ持って行っておいてこよう。一番着物がよかろうな」。
亮二はなんだか、山男がかあいそうでなきたいようなへんな気もちになりました。「おじいさん、山男はあんまり正直でかあいそうだ。ぼく何かいいものをやりたいな」。「うん、こんど布団(ふとん)を一まい持って行ってやろう。それからだんごも持って行こう」。亮二はさけびました。「着物とだんごだけじゃつまらない。もっともっといいものをやりたいな。山男がうれしがってないてぐるぐるはねまわって、それからからだが天にとんでしまうくらいいいものをやりたいなあ」。
おじいさんは、「うん、そういういいものあればなあ。さあ、うちへ入って豆をたべろ。そのうちに、おとうさんも帰るから」といいながら、家の中にはいりました。亮二はだまって青いななめなお月さまをながめました。風が山の方で、ごうっと鳴っております。