オープニングタイトル
さむい冬(ふゆ)が、きつねの親子(おやこ)のすんでいる森へもやってきました。ある朝(あさ)、ほらあなから子どものきつねが出ようとすると…。「あぁっ、母ちゃん! 目になにかささった!」。夜(よる)のうちにまっ白な雪(ゆき)がどっさりふり、子どものきつねは、雪の光(ひかり)のあまりにつよいはんしゃをうけて、目になにかささったとおもったのでした。子どものきつねは外(そと)へあそびにいきました。〔語り:木村多江(きむら・たえ)さん〕
「お母ちゃん、お手々がつめたい。お手々がちんちんする」。かえってきた子ぎつねは、ぬれてぼたん色(いろ)になった両手(りょうて)を母さんの前(まえ)にさしだしました。「かわいいぼうやの手にしもやけができてはかわいそうだわ。夜(よる)になったら町までいって、ぼうやのお手々にあうような毛糸(けいと)の手ぶくろをかってあげましょう」。
くらいくらい夜(よる)が、ふろしきのようなかげをひろげて野原(のはら)や森をつつみにやってきました。きつねの親子(おやこ)はほらあなから出ました。子どものきつねはお母さんのおなかの下へ入りこんで、そこからまんまるな目をパチパチさせて、あっちやこっちを見ながらあるいていきました。やがて、ゆく手にぽっつり、あかりが一つ見えました。「母ちゃん、お星(ほし)さまはあんなひくいところにもおちてるのねぇ」。「あれはお星さまじゃないのよ。あれは町の灯(ひ)なんだよ」。
母さんぎつねは、あるとき町へおともだちと出かけていってとんだ目にあったことをおもいだしました。おともだちのきつねがあひるをぬすもうとしてお百姓(ひゃくしょう)に見つかり、さんざんおいまくられて命(いのち)からがらにげたことがあったのです。「母ちゃん、なにしてるの。はやくいこうよ」。子どものきつねがおなかの下からいうのですが、母さんぎつねはどうしても足がすすまないのでした。「ぼうや、お手々をかたほうお出し」。母さんぎつねはその手をしばらくにぎっているうちに、かわいい人間(にんげん)の子どもの手にしてしまいました。
「母ちゃん、これなあに?」。「それは、人間(にんげん)の手よ」。母さんぎつねが子ぎつねにいいきかせます。「いいかい、ぼうや。町へいったらね、まずおもてにシャッポのかんばんのかかっている家(いえ)をさがすんだよ。それが見つかったらね、トントンと戸(と)をたたいて、『こんばんは』っていうんだよ。そうするとね、中から人間が、すこうし戸をあけるからね、この人間の手をさし入れてね、『この手にちょうどいい手ぶくろをちょうだい』っていうんだよ。わかったね。けっしてこっちのお手々を出しちゃだめよ」。
「どうして?」。「人間(にんげん)はね、相手(あいて)がきつねだとわかると、手ぶくろをうってくれないんだよ。それどころか、つかまえておりの中へ入れちゃうのよ。人間って、ほんとにこわいものなんだよ。けっしてこっちの手を出しちゃいけないよ。人間の手のほうをさしだすんだよ」。母さんぎつねは、もってきた二つの白銅貨(はくどうか)を、人間の手のほうへにぎらせてやりました。
子ぎつねは、町の灯(ひ)を目あてに、雪(ゆき)あかりの野原(のはら)をあるいていきました。町に入ると、とおりの家々(いえいえ)はもうみんな戸(と)をしめていました。シャッポのかんばんのぼうし屋(や)が見つかりました。子ぎつねはおしえられたとおり、トントンと戸をたたきました。戸があくと、子ぎつねは、中からの光がまばゆかったのでめんくらって、まちがったほうの手をすきまからさしこんでしまいました。「このお手々にちょうどいい手ぶくろをください」。
『おやおや、きつねの手だ。これはきっと、木の葉(このは)で買いにきたんだな』。そうおもったぼうし屋(や)さんは、「先にお金をください」といいました。子ぎつねは、にぎってきた白銅貨(はくどうか)を二つ、ぼうし屋さんにわたしました。二つの白銅貨をカチカチとうちあわせてみたぼうし屋さんは、『これは木の葉じゃない。ほんとうのお金だ』とおもいました。そこで、子ども用(よう)の毛糸(けいと)の手ぶくろをとりだしてきて、子ぎつねの手にもたせてやりました。子ぎつねはおれいをいって、もときた道(みち)をかえりはじめました。
子ぎつねがあるいていくと、ある家(いえ)のまどからあかりがもれ、中から歌(うた)がきこえてきました。「♪ねむれ ねむれ 母のむねに ねむれ ねむれ 母の手に…♪」。子ぎつねは、その歌声(うたごえ)はきっと人間(にんげん)のお母さんの声にちがいないとおもいました。子ぎつねはきゅうにお母さんがこいしくなって、お母さんぎつねのまっているほうへとんでいきました。
お母さんぎつねは、ぼうやがかえってくるのをいまかいまかとふるえながらまっていましたので、ぼうやがくるとあたたかいむねにだきしめて、なきたいほどよろこびました。「母ちゃん、人間(にんげん)て、ちっともこわかないや」と子ぎつねがいいました。「ぼう、まちがえてほんとうのお手々出しちゃったの。でもぼうし屋(や)さん、つかまえやしなかったもの。ちゃんと、こんないいあたたかい手ぶくろくれたもの」。「まあ、ほんとうに人間はいいものかしら」とお母さんぎつねはつぶやきました。「ほんとうに人間はいいものかしら…」。