
東京都中野区にある大妻(おおつま)中野中学校の教室。生徒たちに囲まれているのは、弁護士の國松里美(くにまつ・さとみ)さん。この日は、身近で起きそうなトラブルの事例をもとに、いじめかどうかを考えさせ、いじめ防止に役立てる授業をするためにやってきました。その事例とは…。

女子5人仲良しグループでのこと。あるとき、AさんがBさんから借りていたDVDを返すと、そこには傷が! 大切なDVDを傷つけられ、すごく頭にきたBさん。しかし、そのことをAさんには話さず、C,D,Eさんに話すと、みんな「Aさんはひどい!」とおこりました。その後、B,C,D,Eさんは、Aさんと距離(きょり)をおく、Aさんをおいて教室移動をするなどの行為(こうい)を重ね、全員おそろいでつけていたキーホルダーも変えてしまいました。これって“いじめ”でしょうか。みんなはどう思いますか。今回は、いじめにどう気づけるか、弁護士による授業を体感しながら考えていきます。

「B,C,D,Eのやっていることがいじめだなと思う子いる?」。國松さんがみんなにたずねます。このクラスでは、いじめだと答えた生徒は12人。いじめじゃないと答えたのは18人。どっちかまよう生徒も2人いました。いじめだと思う派の生徒のなかには、「1対1じゃなくてAさんの敵が大勢いる」という意見が。いじめじゃない派には、「相談をすればもしかしたら味方になってくれる人もいるから」という意見も。どっちかまよう派は、「Aさんはすごくかわいそうだと思うけど、AさんもDVDを傷つけたから仕方ない」と言います。

こんなふうに意見が分かれてしまったのですが、高橋さんはどう思いますか。「いじめだと思います」と高橋さん。「まずAさんが、なぜ自分がこのような状況(じょうきょう)になっているかの理由がまったくわかっていないという時点で、直しようがないし、精神的に苦しいだろうなと思います」(高橋さん)。なるほど。高橋さんの意見もまた、生徒たちとはちがったものですね。そこで國松さんは、弁護士にとって必要な、あるものを持ち出しました…。

「法律でいじめとは何か決まったって知ってた? 3年前に、『いじめ防止対策推進法』というのができたの」と國松さんが言いました。いじめ防止の対策を進めるためにつくられたこの法律では、「いじめ」とは、「行為(こうい)の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定義されています。「やられた人が、つらい、悲しいと思ったらそれはいじめ」と國松さん。今回の事例でもAさんが「つらい」と思えばいじめ、という説明に、生徒からはこんな本音が出ました。「その人がつらい、悲しいと思ってても、まわりから見たらちがうと思うかも…」。

國松さんは法律でのいじめの定義を持ち出したのですが…。「人によって、つらい、悲しい、いたいっていうところは個々ちがうから、いじめの線引きというのは、全員ちがう」(高橋さん)。感じ方は人それぞれだから、いじめの線引きもそれぞれあるかもしれない。もし線引きを決めてしまうと、ある子にとってすごくつらいことが、いじめではないと判断されてしまう危険もありますね。そこで今度は、それぞれの線引きを意識することでいじめ予防につなげようと、國松さんはある見方を教えてくれました。

「キーワードは、Bたち、そしてAが、どういう行為(こうい)を選択(せんたく)しているかということ」。実際に行われた行為を時系列に並べ、それぞれがだれの行為だったのか表にふりわけていきます。そしてその「やったこと」に対して、「できたこと」を記入していくのです。「たとえば、DVDを傷つけたことをAが知っていたらどうすべきだった?」と國松さん。すると、「謝る」という意見。「じゃBは、Aに何も言わなかったけど、これは?」と聞くと、「直接言う」という意見が出ます。このように、実際にやった行為のほかに選択肢(せんたくし)はなかったのか、それぞれができたと思うことを書いていきます。

高橋さんにも表に記入してもらいました。「結局、逆意見になるんですよ、すべてにおいて。Aの『謝る』という行為(こうい)か、Bが『直接言う』ってことが先にできていれば、C,D,Eの行為には行かなかったはずなんです」(高橋さん)。そして國松さんは、表を見て何か気づくことがあるかみんなにたずねました。すると、「B,C,D,Eが悪いと思う。BさんもAさんに直接言えばよかったことだし、C,D,EさんがBさんに『直接言ってみたら?』とアドバイスすれば、事件とか起こらなかったと思う」という意見が。「そう。みんなが悪いほう悪いほうをすべての段階で選んじゃってる」と國松さん。

なぜAの『できたこと』が空欄(くうらん)になっているのかについては、「AはB,C,D,Eたちに何も言えなくなってる」という意見。「そう。もうAができることがなくなっちゃってる。最初に言えていればいいんだけど、たとえばキーホルダー変えられたときに言える? Aは自分がどうしたらいいかわからない状況(じょうきょう)になってる」と國松さんが言います。最後に國松さんはもう一度問いかけました。「Aのやったことが仮に悪かったとして、B,C,D,Eたちがやったことがいじめだと思う人いる?」。すると…、最初は半数以上が「いじめじゃない」と思っていたこのクラス、ほぼ全員が「いじめだと思う」と答えました。

今回、先生がやったのは、自分で気づかせるというやり方だったと思う。教えられて意見を変えたんじゃなく、自分で意見を変えたという過程がすごく大事だと思いました。こういうふうに、いじめの線引きというものがみんなの中にできてくると、もし自分がいじめる側になったとき、もしくはいじめられる側になったときに、これ、あぶないぞって気づくしるしになると思うので、一回立ち止まることができる。『あぁむかつく。ほかの子に言っちゃおう』じゃなくて、『あぁむかつく。うーん、どうしよう』って、一回自分の中でためて、自分と対話することがすごく大事なんじゃないかな」(高橋さん)。

なるほど。では、最後に質問。もし、今回のような事例を見てしまったとき、まわりのみんなができることはあるのでしょうか。「ノックしてあげることは、きっとだれにでもできるんじゃないかな。わたしも、だれにも言えないことがあったときに助けてくれたのは、年上のスタッフさんだったり…」。“たかみな”が言う“ノックしてあげる”って、どういうことかな? 高橋さんの考えは、番組ホームページで!