(オープニングタイトル)
わたしはシャルロット。12歳(さい)。――『わたしはフォックス。言っとくけど、動物はみんなうそをつく。一日に何百回も。おまけにまぬけだから、すぐに見ぬかれる』。俳優(はいゆう)って、おもしろい職業(しょくぎょう)だと思う。ふざけたり、おしゃれな衣装(いしょう)を着たり、その役になりきっていろんなことができるから。学校で演劇(えんげき)の特別クラスに入っていて、わたしたち、今年初めてお芝居(しばい)を上演するんだ。刺激(しげき)的な作品なので、ぜったいに楽しめますよ。
俳優(はいゆう)の事務所(じむしょ)に応募(おうぼ)したくて、どこかいい事務所を知りませんかと先生に聞いたら、「まずはインターネットでホームページをチェックしてみたら? その事務所がどんな仕事をしているのか、どういう採用基準(さいようきじゅん)なのかがわかるから」とアドバイスしてくれた。事務所を選ぶときにいちばん大事なのは、ちゃんと俳優のことを考えてくれているかってこと。リストに名前をのせてもらうだけでお金をはらわなきゃいけないところもあるから。見つけた事務所は、最初にお金をはらう必要はないってちゃんと書いてある。マネジメント料をとるのは仕事を見つけたときだけだって。
わたしは生まれたときから左手がない。ちょっと不自由なことはあるけどポジティブに考えている。指が5本ある左手がほしいって思ったことは一度もない。もうなれっこだし、今の自分しか知らないから今のままでいい。4歳(さい)のとき、足の指を左手に移植(いしょく)した。そのおかげで左手に指が1本できた。動かすことはできないけど物を持つことはできるから、やっぱりあったほうがいい。なかったら不便だと思う。足の指は4本でもだいじょうぶだしね。移植して一つだけいやなことは、手術(しゅじゅつ)のきずあとがいっぱいできたこと。その部分はすごく敏感(びんかん)だから、ちょっといやなんだ。
友だちのニカとマーラに、「俳優(はいゆう)の事務所(じむしょ)に応募(おうぼ)したいんだけどどう思う?」って聞いてみた。「それいい!」。「それいいと思う」。「そうだよ。演劇(えんげき)のクラスをとっているんだもん。なんかかっこいい」とニカ。マーラが「応募には何がいるの?」と聞いたので、「写真を3枚(まい)送らなきゃいけないんだ。それからオーディション動画も」と答えた。そしたらマーラが、「それ、いっしょにとろうよ。写真も動画も。シャルロットならぜったい合格(ごうかく)する」と言ってくれた。「ほんとに合格したらうれしいな。小さいころからずっと俳優になりたいと思っていたから」。
庭でマーラにタブレットで写真をとってもらう。友だちは大切。いっしょにいろんなことをしたり、おしゃべりしたりできるから。マーラは5年生になった最初の日からわたしの親友。会ってすぐ好きになったんだ。ニカも大事な友だち。いっしょにいると楽しい。写真をみんなで見た。左手のことは最初に言わないといけない。あとでわかって脚本(きゃくほん)を変えるなんてことはありえないから。わたしにできる役はそんなにたくさんないと思う。今度はタブレットで動画をさつえい。「次は何を言うんだっけ。あー、もう一回。そんなふうに見ないで。はずかしくなっちゃう」とわたし。「いくよ!」。
タブレットに向かって話す。『わたしは12歳(さい)。学校では演劇(えんげき)クラスで勉強しています。それから…』。そこで言葉がうかんでこなくなった。「じゃあ、もう一回」とマーラ。「よし」。『演技(えんぎ)をするのはとても楽しい…』。またストップ。「はぁ…」。「ここの髪(かみ)がじゃまだから、どかしたほうがいいかも」とニカのアドバイス。言いたいことはちゃんとわかっているのに、何回やってもわすれちゃう。「もう一回やろう」。「全然だめだ」。「そんなことないよ」。『わたしは生まれたときから左手がありません。それから…そのことは先に言っておこうと思いました…』。
音楽は大好き。だけどわたしには限界(げんかい)がある。ずっとギターをひきたかったけどそれは無理だし、やりたいことが何だってできるわけじゃないのは、やっぱりちょっとつらい。でもそういうものなんだからしかたない。少し悲しくなることもあるけど、やりたいことが全部できるってことがいちばん大事なわけじゃないから。
応募(おうぼ)書類を送った俳優(はいゆう)事務所(じむしょ)から返事が来た。すごくうれしい。わたしに興味(きょうみ)があるって書いてある。これってすごいことだと思う。進むべき方向に一歩ふみだせたってことだから。次は演技(えんぎ)しているところを動画で見せてほしいって言われた。送ってきたセリフを言うんだって。うまくいったら最高だな。今まででいちばん大事な動画だから、一生けんめいがんばらなきゃ。いい結果が出るようにね。台本を読んでひたすらセリフを覚える。
お父さんとセリフの練習をする。『だいじょうぶ。自分で運べるから』とお父さん。『手伝うって』とわたし。『みんなをこまらせているんだろ』。『子どもだもん、こまらせたっていいの。じゃ、何か手伝おうか?』。『あの子にまだめいわくがられているんだろ? あの二人は仲がいいの?』。『クラスメートだよ』。『なるほど』。ここでわたしのしゃっくりが止まらなくなって、わたしもお父さんも笑い出しちゃった。「おまえもみんなをこまらせているな」。「しゃっくりは止められないよ。子どもだもん、それくらいはいいの」。
自転車の練習を始めたときは、ハンドルをうまくにぎれなかった。だから、ハンドルに補助(ほじょ)をつけてもらった。それがあればうでを入れるだけで運転できる。ギプスみたいに、石膏(せっこう)で特別に作ってもらったんだ。今はふつうに自転車に乗れる。わたしも自転車に乗っていいでしょ? 何かあっても、右手だけで運転できるしね。だいじょうぶ。わたしは自立した人間だから。
お芝居(しばい)の初日。わたしたちがやってきたことを両親に見てもらえるのはうれしい。すごく緊張(きんちょう)しているけどだいじょうぶ。今はお芝居を始めるのが待ち遠しい。しっかり準備(じゅんび)したし、きっとうまくいく。「こんばんは、みなさん。わたしたちの舞台(ぶたい)へようこそ。このお芝居は大きな疑問(ぎもん)を投げかけています。動物はうそをつけるのか?」。いよいよ芝居が始まった。そして…終わったらみんなが拍手(はくしゅ)してくれた。うまくいって最高の気分。ほんとにうれしい。「やった!」って感じ。大成功。最高だった!
これから、妹とマーラと動画さつえい。俳優(はいゆう)事務所(じむしょ)から送られてきた台本で演技(えんぎ)をする。事務所に入れるかどうかはわからない。この動画がどう評価(ひょうか)されるかもわからないし。もちろん入れたらいいとは思うけど。事務所からママにメールがとどいた。わたしに直接(ちょくせつ)会いたいって書いてあったんだって。信じられない! ワクワクしてる。これは次へのステップだから、すごく楽しみ。
「わたしはクラウディア・ナイディック。この事務所(じむしょ)の社長です」。ママといっしょに事務所の社長さんとスタッフの人に会った。「どうしてこの事務所に応募(おうぼ)したのか教えてもらえないかしら」と聞かれた。「映画(えいが)に出演(しゅつえん)したいと思っているからです。学校では演劇(えんげき)の特別クラスで勉強していて、演技(えんぎ)するのが大好きなんです」と答えた。「あなたの左手のことだけど、ちょっと特別よね。一般(いっぱん)的には“障害(しょうがい)”とよばれたりするけど、あなたにとって左手は障害になってる? どんなふうに感じてるの?」とクラウディアさん。
「生まれたときからこうだし、これしか知らないからもうなれています。こまることはありません」。「あなたの左手の“小さな障害(しょうがい)”は、わたしたちにとって重要なことではないわ」。「大切なのは、まずあなたの才能(さいのう)。それから、役をもらえるかどうか。わたしたちにとってはそういったことが大切なの。それと一つたしかなのは、背(せ)が高くて実際(じっさい)の年齢(ねんれい)より大人びて見えると、役をもらえる可能性(かのうせい)が低くなってしまうこと。ある作品が12歳(さい)の子をさがしているとしたら、選ばれるのはもっとおさなく見える子ね」と言われた。
「少し検討(けんとう)させてもらっていい? こうして直接(ちょくせつ)会えてよかったし、あなたの印象もとてもいいわ。だからこちらであらためて話し合いながらじっくり考えたいの。じゃあ、また連絡(れんらく)するわ」とクラウディアさんが言った。思ったよりリラックスして話せたし、おたがいを知ることもできた。それは本当によかったと思う。事務所(じむしょ)に入れるかどうかはわからないけど…。うん、ここに来ることができてうれしい。それだけでもすごいことだし。事務所がもう一度考えるのは、納得(なっとく)のいく結果を出すにはいいことだと思う。
事務所(じむしょ)から電話があって、今回は見合わせるって言われた。ちょっとがっかりしたけど、もう少し時間をもらえたと思ってホッとした。15歳(さい)になったらもう一度応募(おうぼ)したいな。それまでにもっと自信をつけられるだろうし、今は年のわりに背(せ)が高すぎるから、きっとそのころのほうがチャンスはふえるはず。