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Scene01 裁判の被告人は、桃太郎
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とある法廷で、裁判員裁判が始まった。間杏子たち裁判員は、先入観にとらわれることなく、法廷で見たり聞いたりすることをもとに、このちょっとフシギな裁判の判決を考えなくてはなりません。裁かれる被告人は、桃太郎。鬼ヶ島に押し入り、財産を強奪した罪に問われています。

Scene02 「桃太郎」裁判の争点は?
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桃太郎が犯したとされる罪を、検察官が述べます。「桃太郎は、『鬼退治』と称して、鬼たちを襲撃しました。桃太郎は、犬猿雉を引き連れて鬼ヶ島に上陸。持っていた刀で鬼の一人を斬り殺し、30人以上に重傷を負わせました。そして、鬼たちが持っていた財産を奪って村に戻りました。これは、刑法第240条の強盗殺人罪にあたります。そして、このあまりにも凶悪な犯行は、『死刑』が相当と考えます」。桃太郎は、その事実を認めます。一方、弁護人は、「この犯行は、鬼に襲われる人々を守るためにやむを得ず行われたものであり、その動機には十分に情状酌量の余地があると思います。よって桃太郎は死刑にすべきではないと考えます」。桃太郎を死刑にするか、それとも死刑にはしないか。それが、この裁判の争点です。

Scene03 証人尋問・殺された鬼ノ助の妻
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まず検察官は、桃太郎に殺された鬼・鬼ノ助の妻を証人に呼んだ。検察官は、事件の日のことを聞きました。「あの夜、夫は寄合が合って出かけていました。10時ごろ急を知らせるドラの音が聞こえてきて、心配になった私は、子どもを背負って夫のいる場所に向かいました。そこでは、仲間が大勢、うめき声をあげながら、そこら中に倒れていました…」。妻は、鬼ノ助を見つけて抱きかかえましたが、すでに虫の息だったのです。「夫は、『子どもを頼む、そして鬼芋をよろしくな』と言い残して息を引き取りました…」。鬼ヶ島は、岩だらけのやせた土地で作物がほとんどとれません。だから、鬼ノ助はみんなが飢えないようにしたいという思いで、やせた土地でもとれる作物を必死に研究していました。そして何度も失敗を重ねやっと栽培に成功したのが、鬼芋だったのです。「これでやっと安心して暮らしていけると、喜んでいたのに…」妻は涙を流しながら無念を語ります。「裁判員のみなさんに言いたいことはありますか?」検察官に促され、妻は意を決して訴えます。「私たち鬼は、人間からひどい差別を受けてきました。見た目が違う、肌の色が違うといって、鬼ヶ島に隔離されました。今回も、『鬼だ』という、ただそれだけの理由で襲われ、夫は、鬼ノ助は殺されました。桃太郎には、死んで詫びてほしいです!」。
つづいて、弁護人が尋問します。「先ほどあなたは、『鬼だ』という理由だけで襲われたと言いましたが、本当にそうでしょうか?先週の火曜日、バイクに乗った赤鬼がおばあさんからカバンをひったくり、その際おばあさんに大ケガを負わせています。さらに金曜日にも、鬼の一団が村を襲い、食料や家畜を根こそぎ奪っている。このように、あなたがた鬼がしでかす悪事は後を絶たない」。妻は、それは生きるために仕方なくやっていること、それぐらい鬼ヶ島での生活は厳しい、元はと言えば鬼を差別して島に追いやった人間が悪いと主張します。しかし、弁護人は、「あなたたちは、いつも、『差別されている弱者だから悪事をはたらくのも仕方がない』と言う。しかし、一度でも想像したことがありますか?あなたたちが仕方ないというその悪事のせいで、親を奪われてしまう子どもたちがいることを。生活を壊されてしまう人間たちがいるということを。だから、桃太郎は立ち上がった。それを『正義』とは言わないでしょうか?」妻は反論することができません。裁判員の杏子は考えていた。「鬼からみた“悪”は、人間から見ると“正義”か…。立場が変わると、見える景色がガラリと変わってしまうんだな…」。

Scene04 証人尋問・桃太郎のおばあさん
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弁護人が証人に呼んだのは、桃太郎のおばあさん。おばあさんは、桃太郎について語っていきます。「川で洗濯をしていたら、『ドンブラコ、ドンブラコ』と大きな桃が流れてきました。拾って割ってみたら、中から赤んぼうが飛び出してきたんです。その子に『桃太郎』と名付け、大事に育ててきました。桃太郎は、素直で明るくて何より力持ち。『僕がおばあさんの分も働くよ』なんて言って…。自慢の息子でした」。今回の事件の発端になったのは、ネットに流れた鬼からの『襲撃予告』。追われた土地を取り戻すため、人間に無差別攻撃を加えるというものでした。襲撃予告を受けた人間たちは、恐怖のどん底に突き落とされました。桃太郎は、村人たちのおびえる様子を見かねて、鬼退治に行くことを決めたのです。「おばあさんは、桃太郎が危険な鬼たちがいる鬼ヶ島に行くことを止めなかったんですか?」弁護人の質問におばあさんは、「もちろん止めましたよ。おじいさんと必死に止めました!」と答えます。しかし、最終的には、きび団子を持たせて、桃太郎を送り出しました。「それは、桃太郎が『正しい』と思ったからです!だって、桃太郎は、鬼におびえるこの国の人たちのために、命を賭して戦おうというんですよ。そんな子がどうして裁かれなければならないんですか!この国は、いつからそんな人でなしになっちまったんですか!」おばあさんの訴えに、傍聴席に集まっていた村人たちも、「そのとおりだ!」「桃太郎は悪くない!」「桃太郎はおれたちを守ってくれたんだ!」「命の恩人なんだ!」と声を上げます。裁判員の杏子は、「鬼が起こそうとした“テロ”を未然に防いだ“英雄”とも言える桃太郎を、死刑になんかできない」と思うようになりました。
続いて、検察官が、おばあさんに尋問します。「おばあさん、もしもですよ、襲撃予告を出したのが、鬼ではなく『人間』だったとしたら、桃太郎はその人たちを退治したと思いますか?」。それに対し、おばあさんは、「そりゃあ、他の方法を考えるんじゃないの?」と答えます。鬼に暴力はふるってもいいけど、人間は襲わないというのです。「鬼は人間を喰うので退治しなければならない」というのが理由でした。鬼が人間を食べるというのは事実ではありませんが、おばあさんはそれを信じてきたのです。おばあさんは、傍聴席にいる鬼ノ助の妻に向かって、「気味が悪い…」とこぼします。「角が生えてて、変な肌の色してて…。そんなやつらを人間と同じだなんて思えるわけがない!こいつらが鬼ヶ島でおとなしく暮らしていたら、桃太郎もこんなことせずにすんだのに…」と言い放ちます。

Scene05 証人尋問:犬
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検察官が証人に呼んだのは、桃太郎と一緒に鬼ヶ島に押し入った犬。傍聴席に来ている猿・雉とともに、不起訴となっています。犬猿雉は、桃太郎に会った際、いい匂いがしたので「そのきび団子をよこせ」と声をかけたところ、「鬼ヶ島についてくるならやる」と言われました。「団子一つで鬼退治なんて割に合わない」と断ったら刀をちらつかされて脅されたので、しぶしぶ鬼ヶ島についていくことを決めたといいます。検察官は、ある疑問を犬に投げかけます。「桃太郎に犬猿雉、わずか4人で、どうして大勢の鬼たちを退治することができたんでしょうか?」。犬はこう答えました。「それは、鬼たちが“親切”だったからです」。犬たちが鬼ヶ島に着いた時、鬼たちは酒盛りをやっていました。最初は突然人間に戸惑いこそこそ話していたけど、そのうち鬼から話しかけてくれたそうです。「もしかして船が流されちゃいましたか?」「お腹空いてないですか?」と。「鬼たちはみんなニコニコしてたし武器も持っていなかったので、油断させて襲い掛かってくるような雰囲気はまるでなかった」と、犬は語ります。つまり、桃太郎は、襲われる危険性がないとわかっていながら、鬼たちに斬りかかったのです。犬は、その時の様子を話します。「金棒出して抵抗しようとした鬼たちもいたよ。でも、リーダーぽい人が捨てさせたんだ。『もう人間は襲わないって決めただろ!それじゃ、いつまで経っても同じことの繰り返しだ!』って」。その鬼のリーダーとは、鬼芋の栽培に尽力し、桃太郎に斬り殺された鬼ノ助でした。「あとはもう一方的でしたよ…。逃げ回る鬼たちを桃太郎はバッサバッサと…。桃太郎のほうが、よっぽど“鬼”だったよ」と話しました。
続いて、弁護人。「どうにも不思議なところがある」と、犬を尋問します。「差別されて恨みを抱く鬼が、突然現れた人間に親切にするでしょうか?しかも、目の前で仲間が斬られたのに、『武器を捨てろ!戦うな!』なんて言うんですかね?」。「嘘じゃない!」と犬は反論します。かまわず弁護人は、次の疑問を投げつけます。「あなたたちは、なぜ不起訴になったんでしょうか?」。桃太郎だけでなく、犬猿雉も、鬼たちに噛みついたりひっかいたり、目玉をくちばしでつっついたりして、ひどい暴行を加えていました。しかも、島から戻った時に、奪った財産の一部を分け前としてもらっていました。それなのに、刑務所にも入らない。「もしかして、桃太郎を悪者にする証言をすればいいことがあるって、誰かさんに言われたんじゃないですか?」チラリと検察官のほうを見やりながら、弁護人は話します。「不当な取引など、一切していません!」検察官は、異議を申し立てます。裁判員の杏子は混乱していました。犬は、桃太郎が親切で無抵抗な鬼たちに斬りかかったと言っています。でも、そうすると鬼から届いた「襲撃予告」に矛盾します。「いったい何が本当なんだろう…?」。

Scene06被告人質問・桃太郎
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いよいよ被告人の桃太郎が証言台に。「あなたは、村のため、そしてこの国に暮らすみんなのために鬼退治をした。それは間違いないですか?」弁護人の質問に、桃太郎はきっぱりと答えます。「おじいさん、おばあさん、村の人たちがおびえているのを見ていられませんでした。鬼退治をすれば、罰せられることもわかっていました。それでも、鬼がこれに懲りて人間を襲わなくなるのであれば、やる価値はあると思いました」。弁護人は「なぜ、そこまで思い切ることが出来たのか?」と質問します。その理由を、桃太郎は、「僕が本当は、『死んでいたはずの子ども』だったからです。あの時、おばあさんに川で拾われていなければ、こんなふうに生きてはいなかった。普通、桃から生まれた子どもなんて気味悪いと思うんですよ。なのに、おばあさんやおじいさん、村の人は僕を大事に育ててくれて」と答えます。そして、裁判員たちに向かって訴えます。「鬼退治に行くことがどれだけ危険であろうと迷いはありませんでした。みんなに生かしてもらった命、使いどころはここだと思いました」。すると、弁護人は分厚い紙の束を取り出し、裁判員たちに示します。「これは、全国から多数寄せられた『桃太郎の罪を軽くしてほしい』という嘆願書の一部です」。減刑を願う嘆願書がたくさん集まっていることは、桃太郎が「みんのため」に鬼退治をしたという民意の表れだと主張します。
続いて、検察官が質問します。「桃から生まれたあなたは何者ですか?」。これは、事件の半年前、桃太郎のSNSに寄せられた質問でした。その時、桃太郎は、「人間だ」と答えました。しかし、その答えは、SNSで格好の標的になりました。信じられないようなデマや中傷が、桃太郎に浴びせられたのです。「桃から生まれたヤツが、なんで人間なの?」「得体の知れない下等生物」「そういえば、アホみたいに力が強い」「ぶっちゃけこいつ…、鬼なんじゃね?」「ハチマキ取ったら、ツノ生えてたww」「キモイ」「人間のフリすんな」「鬼ヶ島に帰れ」「死んでくれ」……。そして、事はネットの中だけではおさまりませんでした。桃太郎が、その時の状況を語ります。「村でも、露骨に避けられ無視されるようになりました。僕が触れたものは目の前で捨てられ、仕事もクビになって…。おじいさん、おばあさんまで白い目で見られるようになりました」それまで仲の良かった村人たちは、SNSの書き込みを真に受けて態度を一変させたのです。検察官は、桃太郎を追求します。「そんな時、鬼からの襲撃予告がネットに流れた。まるで見計らったようなタイミングで。そして、あなたは鬼を退治して。自分の居場所を取り戻した。襲撃予告はあなたが仕組んだのではないですか!?」。桃太郎はしばしの沈黙のあと、静かに口を開きました。「……よかった、気づいてくれて。種明かしできなかったらどうしようかと思いました。そうです、襲撃予告は僕が流しました!」。思いもよらない告白に、裁判官、裁判員、傍聴席の村人たちから、どよめきが起こります。「でも、別に居場所が欲しくてやったんじゃないんです。僕は、ただ笑いたかったんです」。「笑う?笑うとはどういうことですか?」検察官の質問に、桃太郎は心の内を語っていきます。「だって、笑えるじゃないですか、普段は鬼を見下しているくせに、いざ『鬼が来んぞ!』って言ったら、案の定ビビりまくって。フェイクなのに。俺のことも『鬼じゃねえか』って無視しまくってたくせに、『退治したどー!』って言ったら、コロッと手のひらを返して『村の誇りだ!』『英雄だ!』って……。こないだまで『出てけ!』って言ってたくせにさ。ネットのやつらもそうだよ。『死ね』って言ってたやつらがさ、今度は『殺すな』って正義面して書き込んでんだよね。もうね、ウケる、ウケるしかないでしょ…こんなの」。桃太郎は、いつの間にか涙を流しています。「あいつは鬼だ、敵だ、いやいや人間だ、しかも英雄だ!って、いちいちいちいち大騒ぎしてさ…。俺は、ずーっと俺でしかないのに……。ほんとマジでさ、アホなんじゃねぇの!あんたら!」桃太郎は傍聴席に振り返り、大声で叫びました。そんな桃太郎に、検察官は静かに語り掛けます。「あなたは、人間からいわれのない差別を受けた。だから、その人間を手の平に乗っけて、右往左往する様をあざ笑ってやりたかった。前向きに言えば、差別というものが、いかに根拠がなく愚かなものか世に突き付けてやりたかった。そういうことですか?」。「はい!」桃太郎は、涙を流しながら強い口調で答えました。「そうですか…、でも、それが鬼を襲っていい理由になりますかね?つまりあなたは、自分の目的を達成するために、全く無関係な鬼たちを、何のためらいもなく犠牲にした!そのことについて、どう思いますか?」。桃太郎は、答えることが出来ません。検察官は、静かに問いかけます。「あなたもまた、あなたがあざ笑いたかった愚かな人間の一人であったと思いませんか?」。「ウケますね、それ……」桃太郎の答えに、検察官はこう返しました。「どんな笑いであれ、笑えるだけいいですね。鬼ノ助さんは、もう二度と笑えないのですから」。法廷内に、桃太郎のおばあさんの泣き叫ぶ声が聞こえてきました。「ごめんよ、桃太郎。つらい思いをさせて……。何一つ守ってやれず……」。それを聞いて桃太郎は、ただ涙を流すばかりでした。裁判員の杏子は考えていました。「桃太郎のしたことは決して許されることじゃない。でも、これって、桃太郎だけが悪いと、バッサリ斬り捨てていい話なのかな……」と。

Scene07最終弁論
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まず、検察官が、裁判員たちに訴えます。「桃太郎は、自分を追いつめた人間をあざ笑ってやりたいという、身勝手極まりない理由で凶悪な犯行に及びました。しかも、襲撃予告をでっち上げるなど、その計画性は明らかです。一方で、命を奪われた鬼ノ助さんは、人間と鬼との争いをなくそうと懸命に努力していました。桃太郎はその努力を無にしただけでなく、更なる憎しみを植えつけたのです。もはや、死をもって償う他ありません」。
続いて、弁護人が訴えます。「桃太郎は、その生まれからいわれなき差別を受け、誹謗中傷の的になってきました。そしてその耐えがたい苦痛を、たった一人抱え込んできたのです。だからといって、それが罪を犯していい理由にはなりません。私は、証人(鬼ノ助の妻)に『差別をされているからといって、悪事をはたらいていいことにはならない』と言いました。その考えは今も少しも変わりありません。桃太郎は一生かけて償うべきです。それは絶対だ。その上で、みなさんに考えてほしいことがあります。桃太郎を死刑にすることが、本当の意味での解決になるのでしょうか?今回の事件を生み出したのは、差別を許すこの社会、私たち一人一人の心にはびこる悪意だったと言えるのではないでしょうか?そういった意味で、桃太郎も『被害者の一人』だったと私は考えます。今後このような犯罪を生み出さない、差別のない社会を構築するためにも、やはり桃太郎は死刑にしてはいけません!」。
桃太郎を死刑にするか、それとも死刑にしないか。判決を決める裁判員に託されているのは、ひとつの命。杏子は重い責任を感じていました。

昔話法廷
「桃太郎」裁判
桃太郎は、犬猿雉を引き連れ鬼ヶ島を襲撃。鬼たちを殺傷し財産を強奪した。罪を認める桃太郎に検察官は、「凶悪すぎる犯行。情状酌量の余地はない」として死刑を求めた。
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