ねらい

平氏が源氏を破って、平氏による政治がはじまり、天皇との結びつきを強めていったことがわかる。

内容

西暦1159年、京の都で大きな争いがおこりました。「平治の乱(へいじのらん)」です。それを鎮(しず)めたのが、武士、平清盛(たいらのきよもり)でした。やがて武士のトップに立った清盛は、天皇や貴族の信らいを得て出世を重ねていきました。清盛は、貴族としての最高の地位「太政大臣(だいじょうだいじん)」にまでのぼりつめました。清盛は思うがままに力をふるうようになります。当時66あった国のおよそ半分を、平氏の者たちで支配するようになったのです。さらに、清盛の娘が天皇の子どもを産みます。後の安徳天皇(あんとくてんのう)です。天皇との結びつきが強まった清盛は、さらに大きな力を持つようになりました。平氏の歴史がつづられた「平家物語」に、こんな言葉が残っています。「平家にあらずんば、人に非(あら)ず」。「平家でなければ、人ではない」という意味です。平家一族がもっていた権力の大きさを物語っています。

平氏の栄華
「平治の乱」を鎮めた平清盛。やがて清盛は大きな権力を持つようになり、「太政大臣」にまでのぼりつめる。平家物語には平家一族の栄華(えいが)が記されている。