ねらい

歌川広重が、江戸から京都までの宿場町のようすを「東海道五十三次」として表したことがわかる。

内容

江戸の日本橋を出発し京都へと向かう東海道。そのあいだにの53の宿場町をえがいた浮世絵が「東海道五十三次」。えがいたのは、歌川広重。1797年、江戸に生まれました。27歳のとき浮世絵師として独り立ち。広重がかいた美人画です。広重に転機がおとずれます。当時の小説、『東海道中膝栗毛』に目をつけたのです。弥次さん喜多さんという2人が東海道を旅する物語です。広重は、2人が見たであろう、風景を浮世絵でえがくことにしました。神奈川県の箱根。青い湖と雪景色の富士山が見えます。この景色を広重がえがくと。富士山の手前に山がそそり立ち、ふもとの湖を見下ろします。ここは静岡県の大井川。江戸時代には橋がありませんでした。川の中を進まなければならない最大の難所です。とつ然雨が降り出しました。あわてて走り出す人たち。刻々とかわる風景と旅人のようすを広重はえがきました。東海道五十三次。歌川広重を今に伝える代表作です。

東海道五十三次
東海道にある53の宿場町を浮世絵師・歌川広重がえがいた作品「東海道五十三次」。東海道中膝栗毛をもとに2人が見たであろう風景を浮世絵にえがき上げた。