ねらい

火山誕生を克明に記録した過程を知り、大地の変化に関心をもつ。

内容

有珠山は、20年から30年の周期で噴火を繰り返してきました。1943年、昭和18年の噴火では、有珠山の東側の山麓が隆起し標高407mの昭和新山ができました。当時、観察を続けた人がいます。三松正夫さんです。三松さんは昭和新山が誕生する過程を克明に記録。そのスケッチを元にまとめた記録は、ミマツダイヤグラムとよばれ、世界的に高い評価を受けています。「昭和18年忽然と昭和新山が北海道洞爺湖の南側に噴出してから7年、壮瞥村の郵便局長、素人地質学者の三松正夫さんがこの山を買い取り火山の研究を続けています。毎日仕事の合間を見て山の形の変わり方を細かく写生したり、一人で山にでかけて実地調査をやっています。」昭和新山ができる前の写真です。1943年12月、突然地響きが鳴り渡り、麦畑の土が盛り上がり始めました。爆発を繰り返しながら、成長を続け、1945年、昭和20年に活動が収まりました。「昭和新山」の誕生です

昭和新山とミマツダイヤグラム-中学
1943年の噴火で、昭和新山ができました。当時、三松正夫さんは、その過程を同じ位置から同じ向きで克明に記録しました。昭和新山が誕生するまでの変化を見てみます。