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特色ある地域~地場産業をいかした地域づくり~

オープニング

オープニングタイトル

scene 01“せんいのまち”倉敷市

「このスカートかわいいでしょ」とトッキー。「わたしは学校の制服(せいふく)!」とココロ。「ぼくはジーンズ!」とチズル。「いろんな服着るの、楽し~い!」とワイワイ楽しそうな3人。するとファンファンが、「ところで、そのジーンズも制服も、みんな同じ場所で作られているって、知ってた?」と言います。「え? そうなの?」、「これも?」、「これも?」と3人はびっくり。「そうなんだ」とファンファン。「その場所は、岡山県倉敷(くらしき)市。学生服やジーンズ、バッグなど、たくさんのせんい製品(せいひん)を作っていて、“せんいのまち”ってよばれているんだよ」と言いました。

scene 02400年以上前の古い地図にひみつが…

「へぇ~。でも、どうして倉敷ではせんい産業がさかんなの?」とココロ。ファンファンは、「これを見て」と古い地図を見せました。「400年以上前にかかれた倉敷周辺の地図なんだ」。するとチズルが、「地図には海と島しかかかれてないけど、これで何がわかるんだろう?」と言いました。「うーん…」と考えこむ3人。「実は倉敷はね…」とファンファンが言いかけたとき、「待って! この地図のひみつは、ぼくが調べてくるよ!」とチズル。「よろしく! ファンファン!」。

scene 03“ジーンズのまち”児島

チズルがやってきたのは、岡山県倉敷市児島(こじま)。「うわぁ、すごい! ジーンズがほしてある!」。駅前広場の歩道のアーケードにはジーンズがたくさんかざられていました。「あ、何だろう?」。チズルが見つけたのは…、ジーンズの生地でかざられたタクシー! 運転手さんの制服(せいふく)もジーンズの生地でできています。児島は倉敷のなかでも特にせんい産業がさかんな地域(ちいき)。今はジーンズがたくさん作られていて、“ジーンズのまち”とよばれています。「うーん。でも、せんい産業やジーンズがこの地図とどう関係があるのかなぁ…。よし、ちょっとまちを歩いてみよう」。

scene 04干拓地だった「綿畑」

まちを歩いていくと、「あれ? 畑があるぞ」とチズル。そこは、綿(わた)畑でした。さいばいされているのは、綿花(めんか)。綿花からとれる綿を糸にして、その糸からぬのを作るのです。畑の案内板には、『綿は児島の干拓(かんたく)地でもよく育つ』とありました。「干拓地って何だろう?」。畑にいた人に聞いてみました。「すみません。“干拓”って何ですか?」。すると、「干拓? あぁ、海の干拓ね。日本は陸地がせまいから、海をうめて、畑を作ったり家を建てたりすること」と教えてくれました。「海? そういえば、地図にも海と島がかかれてたよね」とチズルは思い出しました。

scene 05土地が綿花作りにてきしていた

今から400年前、倉敷では海の水をぬいて陸地にする「干拓(かんたく)」が行われ、農地が作られました。もともと海だった、塩分を多くふくんだ土地で、よく育つ作物が綿花(めんか)でした。「そうか。海だった場所が綿花作りにてきしていたから、せんい産業が始まったんだね」とチズル。するとトッキーが、「ファンファン、そのあとせんい産業がどうやって発展(はってん)していったの? 歴史が知りたい!」と聞いてきました。「りょうかい! これを見て!」とファンファン。

scene 06児島のせんい産業の歴史

綿花(めんか)さいばいが始まった江戸時代、ひもや帯などが多く作られるようになりました。150年前の明治時代になると、ミシンが使われるようになり、たびが大量に生産されました。大正時代には、学生服が作られるようになります。今でも、日本一の学生服生産量をほこっています。そして今さかんに生産されているのが、ジーンズです。きっかけは、戦後アメリカからジーンズが輸入(ゆにゅう)され、爆発(ばくはつ)的に流行したことでした。そこで児島の人たちは、自分たちで作ろうと挑戦(ちょうせん)。国産初のジーンズ作りを成功させたのです。

scene 07児島ならではのジーンズ作り

児島では、この地域(ちいき)ならではのジーンズの作り方をしています。くわしく聞いてみることにしました。チズルがたずねたのはジーンズ会社社長の大島さんです。このまちのジーンズのことをたずねると、工場へ案内してくれました。ここは児島で最も古いジーンズ工場です。昔、学生服を作っていた技術(ぎじゅつ)を生かして、50年以上前からジーンズを生産しているそうです。そこへ別の業者の人がやってきて、ジーンズを車に積みこんで運んでいきました。「あれ? ジーンズをどこに持っていくんだろう?」とチズル。

scene 08それぞれの専門技術を生かして

ジーンズを運んできたのは、工場から少しはなれた別の作業場です。ジーンズに、ボタンやベルト通しなど、部品だけをつける専門(せんもん)の作業場でした。もともと児島では、糸をそめる、生地を織(お)る、ぬう、部品をつけるなど、それぞれの専門技術(ぎじゅつ)を持った人たちが集まっていました。みんなが得意な技術を生かすことで、質(しつ)のよいジーンズができあがる。それが、児島のジーンズ作りの特徴(とくちょう)なのです。「このまちを一周すれば1本のジーンズができるくらい、このまちにはジーンズを作る技術がそろっています」(大島さん)。

scene 09世界で初めて考えた技術も

さらに、児島にはジーンズの加工を専門(せんもん)にする工場もあります。石といっしょにジーンズをあらう大きな機械。こうすることで、ジーンズの手ざわりや見た目を変えてカッコよくしています。実はこれ、児島の人たちが世界で初めて考えた技術(ぎじゅつ)です。するとココロが、「ねえ、チズル。児島は“ジーンズのまち”として有名なんだよね? まちの人たちは、どんな工夫や努力をしているのかなぁ」と聞いてきました。「よし。もっと調べてみよう!」とチズル。

scene 10世界にも知られる“ジーンズのまち”

児島では、国産初のジーンズの生産に成功しましたが、当初は売るお店がなかった。そこで、じまんの製品(せいひん)を広めようと、ジーンズ専門(せんもん)の商店街を作りました。それが“ジーンズストリート”。年間およそ20万人がおとずれる観光スポットになっています。その評判(ひょうばん)は世界に広まり、外国人も買い物にやってきます。「日本のジーンズは最高品質(ひんしつ)だよ」(オーストラリアからの観光客)。ほかにも、ジーンズの歴史をしょうかいする博物館や、手作り体験をする場所を作るなど、江戸時代から続くせんい産業を生かして、まちをもりあげているのです。

scene 11もっと調べてみよう!

「ただいま!」。チズルがもどってきました。「綿花(めんか)のさいばいをきっかけに始まったせんい産業が、特色のあるまちづくりにつながっていることがよくわかったよ」とチズル。「ほかの地域(ちいき)でも、さまざまな産業の歴史がありそうね」とトッキー。「産業をまちづくりに生かす工夫や努力を、もっと聞いてみたいな!」とココロも言います。「みんなも調べてみてね!」とチズルが言いました。