あらすじ一覧

オープニング

(オープニングタイトル)

scene 01三十一音で表現する詩「短歌」

五七五七七。わずか三十一音の短い言葉で表現する短歌は、日本の伝統的な詩の形です。四季折々の美しさや、恋心、そして喜びや悲しみなどがつづられてきました。かつて、日本の伝統的な歌は、「漢詩」に対し、「和歌」と呼ばれていました。わが国で初めて作られた勅撰(ちょくせん)和歌集である『古今和歌集』。ここに収められている歌のほとんどは短歌でした。

scene 02和歌は大切な教養の一つ

当時の歌の作り手のほとんどは貴族たちです。彼らにとって、和歌は日々の暮らしや行事、恋愛などに欠かせない大切な教養の一つでした。「月見れば ちぢに物こそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど/大江千里」――秋の月を見ていると、心は複雑に乱れ、ものがなしさに包まれます。秋は私だけの季節ではないのに。

scene 03さまざまな言葉の技巧

貴族のたしなみとしての和歌ではさまざまな技巧を凝らし、間接的に想いを伝えることが好まれました。「つれづれの ながめにまさる涙川 袖のみぬれて逢ふよしもなし/藤原敏行」――あなたに逢えない寂しさで私の涙川も、長雨であふれる川のようになりました。その涙で袖がぬれるばかりですが、お逢いする手立てもありません。一つの言葉にいくつもの意味を重ねることで、募る気持ちを表現しています。

scene 04新しい短歌の幕明け

社会の仕組みや人々の考え方が一変した明治時代、短歌の世界にも大きな変化が起こります。明治30年ごろ、古い慣習にとらわれず、自分自身の心情や感動をありのままに表現しようとする歌人が登場したのです。そうした変化を象徴する歌集が明治34年に発表されました。『みだれ髪』です。若さや美しさ、そして性を大胆に取り上げ、注目を集めました。

scene 05「若さ」を誇らしく詠む

若い女性の美しさを誇らしく詠んだ歌です。「その子二十 櫛にながるる黒髪の おごりの春のうつくしきかな」――その子は今、娘盛りの二十歳。櫛通りのよい豊かな黒髪は、ほこらしいほど青春の美しさにあふれている。「春みじかし 何に不滅の命ぞと ちからある乳(ち)を手にさぐらせぬ」。あっという間に過ぎていく青春を情熱的に生きる若い女性の姿が詠まれています。

scene 06古い価値観にとらわれない与謝野晶子

『みだれ髪』の作者は、与謝野晶子です。「女性は男性に従い、つつましくあるべき」という古い価値観と戦い続けました。『みだれ髪』に収められた大胆かつ率直な短歌の数々は大きな反響を呼びました。のちに夫となる男性への恋心を詠んだ歌です。「やは肌の あつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君」――恋する私の若い肌にもふれずに、ただ理想ばかりを言うあなた、それでさびしくはないのですか。

scene 07新しい短歌、新しい歌人の登場 

明治から大正、そして昭和にかけて、新しい短歌や歌人が次々と登場します。作者自身の貧しい暮らしぶりを詠んだ歌です。「はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る/石川啄木」。日常生活の些細な出来事をスケッチするように詠んだ歌です。「ただひとつ 惜しみて置きし白桃(しろもも)の ゆたけきを吾(われ)は食ひをはりけり/斉藤茂吉」。一つだけ大事にとって置いた大好物の桃。それを食べ終えたときの満足感が伝わってきます。

scene 08思いを伝えるさまざまな試行

「自分の思い」を伝える。そのための挑戦がいろいろな歌人によって行われてきました。作者が長野県を訪ねたときに詠んだ歌です。「あの光るのは千曲川ですと、指差した、山高帽の野菜くさい手。/北原白秋」。案内してくれた人が地元の名所を誇らしげに指差して言った言葉を、そのまま歌に取り入れています。五七五七七の形式にさえとらわれない自由な短歌も登場します。自由律短歌です。「自然がずんずん体のなかを通過する――山、山、山/前田夕暮」。作者が初めて飛行機に乗ったときの驚きを大胆に表現しています。

scene 09三十一音に込められた「伝えたい思い」

最近では、携帯電話やパソコンを使って短歌を作り、ラジオやインターネット上で発表する若い人たちも増えています。10代の若者がNHKのラジオ番組に寄せた短歌には、身のまわりの出来事や日々感じたことが表現されています。短歌は時代を表す鏡でもあるのです。「本当の 自分の心見つけたい 仮面ばかりでうんざりだから」。「しゅわしゅわと とけるブルーのシャーベット そういうふうにあなたは消えた」。「あの上で きみが待ってることにして 上着を脱いでペダルを踏むよ」。三十一音に込められた「伝えたい思い」。それが短歌です。